5月第5週 桂川を下る−桂離宮と聴竹居(春の京都)


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 第1日
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* ふたたび妻と京都へ。去年、紅葉の桂離宮に行ったが、「自然を見るには、どうしても最低で一年四季は見ておかなくてはうまくない。」という幸田文の一節を信条とするからには、それだけではすませられない。本当は新緑の季節に行きたかったのだが、やや遅れて出かけた。
新幹線で京都駅に降り、地下鉄で烏丸にあがる。


1. 伊豫又
錦市場を歩いて、昼食に寿司屋に入った。「桶ずし」というものを食べた。器の半分にチラシ、あと半分にエビやマグロをのせたすしが数個。丸く可愛く握ってあって、おいしかった。
今夜は洋食か中華のつもりなので、昼は寿司でも、くらいな気持ちで入ったのだが、あとでネットなどで見ると、元禄9年(1696年)、京都でいちばん古い寿司屋だった。

2. イノダコーヒー
http://www.inoda-coffee.co.jp/
京都の老舗喫茶店。ガラス壁の向こうに小さな噴水池があって、緑の木々が落ち着かせてくれる。

3. 中京郵便局
もとは1902年の煉瓦建築。通りを歩いていくと古い姿がみごとに残っているが、1976年に、表の壁1枚だけ残して内側はすっかり新築された。大きな近代的ビルに旧建築のほんの一部をはりつけるような「保存」がいくつも行われているが、その先駆けだという。
ふつうの人家なのに、四角い面構えをつけてオシャレな店に見せかけるのは町にいくらもあるが、同じ、浅い、いかものなやり方だと思う。

* 近鉄烏丸駅から桂駅に向かう。

4. 桂離宮
昨年の秋は紅葉のさかりに来たのだったが、今回は素晴らしい緑を堪能した。
京都に来てから通りかかった2つ、3つの和菓子屋さんで「あおもみじ」というのを見かけたのを思い出した。紅葉がいいところは新緑もいいのだといわれる、そのとおりだと納得する。新緑の季節は過ぎているが、木々の葉の緑がとてもさわやかだった。
去年はただ次々に展開する眺めを、ただ受け身に感じながら歩いたのだが、今回はコースが頭に入っていて、ゆとりをもって景色のうつろうのを眺めた。
秋と、初夏と、季節の違いを経験して、重層的な思いにもなる。

左の芝が緑なのに、右の苔は茶色。周辺の宅地化などで土地の水分が落ちた影響を受けている。梅雨になると緑色に回復し、左右が一体になるという。

* 再び近鉄に乗って烏丸駅に戻り、バスで二条城前に降りる。

5. 二条城
二の丸御殿は、桂離宮を見てきたあとではおおざっぱで粗い。でも「うぐいす廊下」は、足が踏むたびに明るい音をたてて、おもしろかった。
本丸御殿は、もと桂宮家のもの。端正なプロポーションだが、やや異様な雰囲気もかもしている。中まで入れなかったのが惜しい。

6. 膳處漢(ぜぜかん)ぽっちり
http://www.kiwa-group.co.jp/restaurant/i100041.html

入口が狭く奥に長い京の町屋を再生する企てはいくつもあるが、中華のレストランに転用して評判が高い。
夕飯時でもまだ中庭は明るい。緑の葉が風で揺れているのを眺めながら、妻と食事。
室内は、もとの部材が年月を経てくすんでいるし、照明も暗めだから、ひっそりと沈みこむふうで、寛げる。
いくつか料理をとり、妻は焼酎、僕は赤ワイン。料理のなかで、チンゲンサイの蟹あんかけがおいしかった。鮮やかな青い色をした菜に、蟹肉がたっぷり入って豊かな味わいがするあんがかかっている。

7. ホテルモントレ内 カフェ ザ・ライブラリー
http://www.hotelmonterey.co.jp/kyoto/index.html

近くのホテルモントレーまで歩き、烏丸通りに面してある「library」と名づけたカフェに入る
英国の伝統ある邸宅の書斎をモチーフとした−というのだけど、本の背表紙を印刷したものが壁の装飾に使われているくらいで、やや薄っぺら。
でも、注文したアイリッシュモルトという紅茶がとてもよい香りだった。

8. ヴィラージュ京都
http://hotel-village.jp/kyoto/

泊まりは阪急の大宮駅、京福嵐山線の四条大宮駅から間近にある、新しいホテル。
切れがよいスタイリッシュな建築、装飾が心地よい。
朝食はサンドイッチやおにぎりなどから選べる。部屋にお茶やコーヒーがあり、冷蔵庫もあるので、好みに応じてうまく使えばいい。
そして高くない。
いくつものクラシックを見てきたあとに、こういう先端的なホテルに泊まれるのも、京都の魅力だ。

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 第2日
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1. 下鴨神社
http://www.shimogamo-jinja.or.jp/

出町柳の駅から地上に出ると、賀茂川と高野川の合流点近くで、その2つの川に挟まれた土地に下鴨神社がある。
下鴨本通から神社方向に曲がると、まず河合神社がある。鴨長明ゆかりの地で、方丈の庵が再現して組み立てられている。
大きな木々の列に挟まれた広い長い糺ノ森は、2筋の細い川も流れている。神社に向かう道にも独特の空気が漂っている。
下鴨神社は、本殿の前に、干支ごとの小さな社が並んでいたり、ここもかわった雰囲気だった。

2. 出町ふたば
名物の豆餅を2個買う。
8時30分開店という早い時間に開店していて、僕らが着いたのが9時過ぎだったか。
次々に客がきて途切れることがない。
(このあと仙洞御所の見学時間前に京都御所のベンチで食べた。皮には甘みがなく、しっとりとして、豆がたくさんはいっている。餡もさっぱりとして上品で、うまかった。)

3. 大岩
通りかかった店で昼用に弁当を買う。「若狭街道鯖寿し」という看板がかかっているから、街道沿いの寿司屋さんだったろうか。
鯖ずしと海苔巻きなどが入って500円ほどのを買う。
(このあとコンサートの開始前にロビーで食べたのだが、じつに上質な味。短時間に手軽に昼をとれさえすればいいと思っていたのだが、思いがけなくとても満ち足りた。)

4. 仙洞御所
http://sankan.kunaicho.go.jp/guide/sento.html

御所内の建築はたびたび火災にあっている。落雷が原因らしいけれど、他の建築ではこれほどの集中はきかないことのように思う。ここだけ落雷の頻度が高い?
塀をくぐって、庭の眺めがパッと目に入ったときの開放感がいい。
小堀遠州作の庭だが、武家らしい緊張感があったのを、遠州没後、柔らかい印象に改められたという。

御所内の氷室。
冬の氷を夏まで保存して、削り氷(けずりひ)にして味わった。
暑い夏に冷たい氷を口にできるのは、限られた人たちだけのぜいたくだった。

* 11時からの見学の所要時間が1時間かかって12時に終わった。次の予定のコンサートは13時に始まる。河原町通りにでてタクシーを拾い、コンサートホールに入って席をとり、ロビーで弁当を食べると、ちょうど開演時間になった。

5. 京都コンサートホール『オムロンパイプオルガンコンサートシリーズVol.38 ダニエル・プライズネル』
http://www.kyoto-ongeibun.jp/kyotoconcerthall/

磯崎新1995年の建築だが、磯崎新にしてはありきたりだった。外観もふつう。内部も、磯崎建築特有の、トロっとひたるような快感を味わせてくれない。
天井だけがかわっていた。それぞれに大きさや角度が違う立方体の先端部分だけがニュキニョキとびだしていて、うち1面に照明が仕込まれている。
廃墟になったビル街。灰が堆積して、上部の角のみが灰から頭をのぞかせている−のを反転して、天井面にした−かのよう。

演奏はパイプオルガンの音が仰々しくて、(おいしい昼食をとったあとでもあり、あわただしく移動してきたあとでもあり...)ほとんど記憶に残らなかった。

6. 京都府立総合資料館
http://www.pref.kyoto.jp/shiryokan/

図書館であり、公文書館でもあり、ミュージアムでもある。
国宝や重要文化財を所蔵し、それをつかった小展覧会を開く。
明るい吹き抜けの階段の向こうには中庭があり、天橋立を模した景色を作ってある。
あれもこれもうらやましい。

7. 京都府立陶板名画の庭
http://toban-meiga.seesaa.net/

絵を陶板に焼成すると屋外に置いても腐食や変色が起きないという。オリジナルの温湿度や光の管理が難しいのに比べるとウソのようなタフさだ。
(埼玉県立川の博物館にも河井玉堂の陶版画がある。)

狭い敷地のなかに数層の床を設けて配置された作品を、下りながら鑑賞していく。
低い層の床から見上げると、目に入るのは大きな名画、コンクリートの床、壁(その一部には水が流れる)、青空。
敷地の狭さを逆手にとってスケール感があり、安藤的表現がここではピッタリはまって鮮やかだ。

展示されているのはこんなもの。
 『清明上河図』 伝・張澤端 
 『鳥獣人物戯画』 伝・鳥羽僧正 
 『最後の審判』ミケランジェロ 
 『最後の晩餐』レオナルド・ダ・ヴィンチ
 『ラ・グランド・ジャット島の日曜日』スーラ
 『睡蓮・朝』 モネ
 『テラスにて』ルノアール 
 『糸杉と星の道』ゴッホ

複製品とはいいながら、現地で本体を見るより、近く、見やすい角度で鑑賞できるマリットもある。
なかで、『清明上河図』が新鮮だった。

8. SYNTAX WEEK B-Lock北山 Tree's
このあたりはほかにも現代建築の見どころがいくつもある。

SYATAX:高松伸 1990年
ところが地図を見て、それらしい位置を右往左往しても見あたらない。
トンデモ建築を見落とすはずがない。
15年ほどで解体されたようだ。

WEEK:高松伸 1986年
薄い透明な本体に、青いパイプが特徴ある線を描いている。
SYATAXがそうであったろうような、本体そのものがガッチリと異様な凝集感をそなえているものほどには迫力がない。

B-Lock北山:安藤忠雄 1988年
ブロックのグリッドが道と主建築の間にある。
美術館のような、はじめから目的をもって訪れる人を対象にする施設なら、道と適度な距離を置く意味はあるかもしれない。でも、商業建築としてはフラっと気ままに入れないのは欠点になるのではないか。
京都市街にあるTime'sもそれで苦労しているらしい。

Tree's:妹尾正治1986年
2つの棟が合体したつくりに、複数の店舗が入っている。
2階のカフェでコーヒーブレイクにした。屋外にも椅子があるので、通りを眺めながら一休み。店の名がなぜかロシア語で、読めないし、聞いても覚えられそうもない。

* 北山から地下鉄で丸太町駅、そこからバスで丸太町通りをえんえんと西に向かって嵐山にでた。かなり時間がかかった。京都駅経由で鉄道だけで移動したほうがよかったかもしれない。

9. 花のいえ
嵐山の渡月橋は立派な橋で、車がたくさん通って行くのに驚いた。
ゆるいアーチを描き、リズミカルに欄干が並ぶ姿を、斜めの角度から撮った映像がなんとなし頭にあって、勝手に古いひなびた橋だと思いこんでいた。

橋から少し下流に行くと今夜の宿。
もと角倉了似の屋敷で、庭は小堀遠州という由緒ある宿。蔵から発見された絵が長沢蘆雪のものとわかって、最近、京都市文化財に指定されたなどということもあるくらい。
部屋でうっそうと濃い緑が茂る庭を眺めながら食事していると、雷鳴がひびき、夕立がきた。
不安定な気候だが、歩いているときには降られずにすんでいる幸運に恵まれている。(このあともそうだった。)

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 第3日
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1. 天龍寺
http://www.rinnou.net/cont_03/10tenryu/

大方丈の廊下に立つと、曹源池が眼前にある。視界の左から右にすっと広がっている。
つつじが咲き、緑の葉に調和して、軽やかで明るい。

* 1897年築というJR嵯峨嵐山駅を見たかったが、新しく建て替わってしまっていた。しかたなくそのまま山陰線に乗って京都駅へ行き、乗り換えてJR山崎駅で降りる。
山崎では、1回目は大山崎山荘美術館に来た。
2回目は聴竹居に。
国宝の茶室、待庵は次回か。


2. 聴竹居
http://chochiku.exblog.jp/

建築家、藤井厚二の1928年の住まい。
空気を取り入れ、排気する、自然換気のくふうがあちこちにされている。忍者屋敷のからくりの仕掛けを見るようにおもしろかった。建築の実験とあわせ、エネルギーを過大に消費しない、環境に負荷をかけない暮らし方の先駆としての意味もある。


ここにはブルーノ・タウトも訪れている。1933年5月3日に敦賀港に着き、翌4日には桂離宮で感激し、数日経った5月9日に聴竹居に来た。
タウトの日記をみると、あるところを誉め、あるところをよくないというが、その理由が明確に記されてはいないので、タウトの評価の基準がよくわからなくて、もうひとつ物足りない。
それにしても、タウトが滞日中に残したほとんど唯一の実作、熱海の日向邸も、ここと同じように高台に建っている。庭とその先に広がる風景をとても意識している点で共通している。
日向邸内部の設計にあたり、タウトが聴竹居を思い出し、参照することはあったかもしれない。

『栗本夏樹・漆芸展』を開催中だった。
旧作のほかに、聴竹居から喚起された新作もあった。
照明の円環の意匠や、食堂のアーチをとりいれている。
栗本さんが作った、ケナフに漆をかけた薄い皿に、菓匠日月餅の、この展示にあわせた特注の和菓子をのせ、お茶をいただける−というお楽しみもあった。
聴竹居を、使いながら、知らせ、生き延びさせるという企画で、とてもよかった。

山崎駅の南方には、京都を流れてきた桂川、宇治川、木津川が合流して、淀川となって大阪湾に向かうというダイナミックな合流点がある。ぜひ行ってみたいのだが、今回も時間がとれなくて断念した。

3. すみれ
京都駅に戻る。駅ビル10階にはラーメン店が並んでいて、すみれに入って、京都に来て札幌のラーメンを食べる。うまい。

*JR奈良線に乗り、稲荷駅で降りる。

4. 伏見稲荷
鳥居の数に圧倒された。
千本鳥居なんて、誇張かと思ったら、1000本どころではないのか!
僕らが歩いた範囲では新しい鳥居が多かったが、どういうルールで更新しているのだろう?

* JR稲荷駅から桃山駅まで乗り、歩いて京阪電車の桃山南口駅すぐ駅前のARKに。

5. ARK(仁科歯科医院)
高松伸の1983年の建築。

SYNTAXが解体していた無念を晴らす。さすが高松伸!
2階が建て主の歯科だが、土曜日で休診。
ギャラリーもテナントではいっていたらしいが、案内板の1階と3階は空白になっていて、ひとけがなくて寂しい。
建築的過激さは一般受けしないのだろうか。


6. 寺田屋 黄桜 月桂冠
坂本龍馬に縁がある寺田屋に寄る。15:40の入館受付ぎりぎりに間に合った。
中は絵やら書やらめったやたらと展示してあって、うっとうしい。
黄桜やら月桂冠やら、伏見の酒蔵を眺めて、中書島(ちゅうしょじま)駅から京都駅に戻った。

参考: