8月第1週
大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009


この夏は梅雨が明けてからもくもりがちで、雨もまじり、薄暗い日が続いた。
8月に入ってすぐ越後妻有に向かったが、また同じような日で、関越自動車道を走っていると、赤城付近では濃い霧に囲まれる。
ところが、谷川岳をくぐる国境の長いトンネルを抜けると、空が明るい。このあと晴れ間もでた。越後にいた2日間とも、夕方には雨もあったが、これでなくてはの越後の青空もあり、まずまずの天気のなかでトリエンナーレの作品を見ることができた。
9時にJR十日町駅で、旧・松代町在住の池田さんと、上越市在住で池田さんの友人の清野さんと待ち合わせして、僕と、妻と、4人で回った。

* 作品名のあと、「no.」は2009年のトリエンナーレにあたってふられた番号と、制作年。
今回見たうちで、図書館関係は[今日は遠くの図書館]、これまでに行った様子は、
[ 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2000]
[ 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2003 ]
[ 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2003−秋]
[ 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ <雪景色>]
[ 幸田文に導かれて信濃川へ−越後妻有アートトリエンナーレ ]


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 第1日
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■ 古郡弘「胞衣 みしゃぐち」 no.8 2006

旧知の古郡さんの作品に表敬訪問。
古郡さんは埼玉県深谷市在住。
前回設置の作品が、夏の炎天と冬の積雪の時間を経た。
大量の土で円形の回廊を作り、中央に石を敷いた中庭があり、木を植えてある。
土には苔がはえ、古びて、大地になじんできた
中庭の木は、3年たっても目立って太くなったようには見えない。地面から立ち上がるところで、ひしゃげているのは、雪の圧力のためだろう。
中庭の木は根元で曲げられている

■ 丹治嘉彦+橋本学「再生・海そして川からvol.2」 no.88 2006・2009
2006年発表の作品の変奏版。流木を燃して(焦がして)炭に変えた。
「海」と「川」と「山」のつながりを表現する。
作品のまわりが広い空き地になっている。次の日の朝10時からバーベキューをやるとのこと。外でバーベキューにはひかれるけど、朝の10時に焼き肉はちょっとなあ...。

■ 福武ハウス no.38-1
小山登美夫ギャラリー / 菅木志雄
ギャラリー小柳 / 鬼頭健吾
日動コンテンポラリーアート / ジャナイナ・チェッペ ジャン=リュック・モーマン
SCAI THE BATHOUSE / 塩保朋子
シュウゴアーツ / 千葉正也
ケンジタキギャラリー / 染谷亜里可
ヒロミ・ヨシイ / 東義孝・泉太郎・榎本耕一・小金沢健人
特別出展:東京大学総合研究博物館 /「博士の肖像」

廃校がギャラリーの集合体になっている。銀座の画廊が越してきたふうで、作品は越後らしくないけど、こういうのがあるのもいい。

■ 中村敬「伊沢和紙を育てる」 no.139 2009
犬伏集落の伊沢和紙工房とアーティストが協働した作品。
1階をすっかり暗くして和紙の造形で埋め尽くし、強さと色が変化する照明をあてている。おもしろかった。
今日1日は、これが最後の作品。
松代駅で池田さん、清野さんと別れた。
僕ら夫婦は松之山に泊まる。

● じょうもんの湯おふくろ館 
http://www.matsunoyama.net/ofukurokan/

妻有には何度か泊まっているが、ここにも一度泊まってみたいと思っていた。地元の「おふくろ」さんたちが料理を作ってくれる宿。
だから民宿みたいなものと予想していたが、宿は意外にしっかり作られていて、設備も整っていた。
部屋から外を眺めると草の斜面で、遠く向こうには山が望める。雨が降ったり、霧が流れたり、ときおりやんで眺めが開けたり、変化があるのも、かえったよかった。
広い座敷で夕食を食べる。野菜とご飯がおいしい。エプロン姿のおふくろ」さんたちがにこやかにサーブしてくれる
生ビールと冷やの地酒を飲んで、2人で17000円くらいだった。トリエンナーレのパスポートを持っていたので、割引がある。

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 第2日
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■ みかんぐみ+BankART1929+ その他50 作家 no.210 2009
横浜を拠点にしているアートセンター「BankART(バンカート)1929」が、空家の再生を、建築ユニット「みかんぐみ」に依頼。
招かれたアーティストが自分なりの発見、関心によって廃屋に手を加えてもいき、「BankART 妻有」を完成させていくプロジェクト。

透明な部屋にバスタブがある。実際に使っているという。
外には元プールだったのを改造した露天風呂や、五右衛門風呂もある。
冷たい麦茶をいただいて、おいしかった。

奥の座敷にはハリボテの大きな象が寝そべっていておかしい。隣で鯉もドタンと横になっていた。 奥の座敷で昼寝する大きなゾウさん

■ 川俣正「インターローカルアートネットワークセンター」 no.198 2009
閉校した松代町立清水小学校が、アートプロジェクトの拠点になり、この芸術祭を記録するアーカイブや、関係者を招いての公開研究会などが行われるという。
これまでの作品の制作案のスケッチなどが展示されていた。
僕の好きな『ポチョムキン』の模型などもあった。

● 寺田織恵「土鍋でおにぎり」 no.213 2009
かまどをつくり、大きな土鍋でご飯を炊き、おにぎりにして食べる−というアート。
会場に着いたらかなりの人が集まっていて、ご飯が炊きあがった頃だった。
みんな並んで、順番に、手のひらに置いたラップに1個分のご飯をのせてもらう。
テントの下の机に、梅干しや、焼いた鮭や、きのこなどの具が用意されているので、好きな具を入れて、握って、笹の葉にくるむ。
たくさんできたおにぎりが、いったん大きな円台に並べられてから、好きなのをとって食べる。自分で握ったのをそのまま食べてしまうのではないところがミソ。おにぎりの1つ1つが他の人への、他の人からの、贈り物になる−というコンセプト。
暑い日で、昼を過ぎて空腹になってきてもいるのに、やや段取りが手間取っていた。楽しく食べれば気持ちがつながることにもなるが、おにぎりのためにこんなに時間をかけるのもちょっとなあ、という感じだった。

■ 鞍掛純一・日本大学芸術学部彫刻コース有志「脱皮する家/ コロッケハウス」 no.214/215 2006/2009

前回2006年には、空家内の壁や柱などのほとんどの表面を、ひたすら彫刻刀で削ったのが「脱皮する家」。とてもインパクトがあった。

2009年の「コロッケハウス」は、近くの家の表面を、銀色の塗装剤で覆い尽くした。(表面を覆うコロモをつけたからコロッケということらしい。) 家一軒の表面がすっかり銀色

「脱皮する家」は、「脱」の語感に反して、おびただしい削り跡をおびた木材の「存在感」が圧倒的だった。
「コロッケハウス」は、逆に、塗装剤をまとったのに、むしろ建具や家具や生活の痕跡が失われた「不在感」が迫ってくる。
実物は強烈だし、ネーミングとのひねりもきいているし、とてもおもしろかった。

■ 旧峠小学校
おにぎりやコロッケハウスのあるあたりは、旧・松代町の峠という集落。
ここの屋敷の1つが取り壊されそうになったのを惜しんで、埼玉県寄居町に移築した菅原元彦さんと、最近知り合った。
昨日、一緒に芸術祭を見て回った池田さんは、たまたまその移築工事にあたった棟梁と知り合いだったという不思議な縁がある。

菅原さんの妻の実家が峠にあったのだが、子どものころ通ったのだろう峠小学校は解体工事中だった。
大地の芸術祭では、廃校や空き家を再生するプロジェクトが多数あったが、峠小学校は残念ながらそういう生き延び方にはならなかった。

■ 坂口寛敏「暖かいイメージのために−信濃川」 no.116 2000・2003
オル・オギュイベ『いちばん長い川』、小嶋一浩『中里村図書館ファーストステージ』の2作品が信濃川近くにある。
その少し下流の河川敷に、この作品がある。
作品といっても、場を作るもので、子どもたちが駆け上って遊ぶ《星の広場》(2000)、地面の隆起を楽しむ《地の広場》、水と親しむ散策エリア《水の広場》(ともに2003)がある。
坂口寛敏さんは、去年から今年にかけて原爆の図丸木美術館で開催された「シシュポス展」に仲間を率いて参加していた。僕は「シシュポス展」を見たときには、越後のこの場を作った作家だと結びついていなかった。

■ 磯辺行久「古信濃川の自然堤防跡はここにあった」 no.109 2009
磯部さんによれば「越後妻有を象徴するのは信濃川」。
第1回から、信濃川を題材にしていて、もとの流れの位置、もとの流れの高さ、もとの流れの特異な形を具体的に見えるように提示するインスタレーションを作り続けてきた。
今回は、今は畑になっている河岸段丘を制作地に選んだ。1万5000 年前の縄文の頃の自然堤防や土器が出土していて、川と人の暮らしが重なる。
磯辺さんは、時間と空間にわたるスケールの大きな作品を、信濃川のように悠々と作っている。

■ 富永敏博「かき氷マウンテン」 no.108 2009
雪でかき氷をつくってみたい、という小さい頃の夢をこの冬に地元の人々と実現した。雪を集めて数メートルの高さの山にする。頂上に登って、シロップをかけて食べる。
その様子を映像と写真で展示してある部屋では、ほんもののかき氷のサービスまである。
暑い中、畑の道を行って磯辺作品を見てきたところなので、かき氷が冷たくておいしかった。

■ 水澤尚子「ふるさと」 no.108 2009年
かき氷と同じ会場の隣の部屋。
父や母が、わが子への思いを手紙に書く。そこから受けた印象をもとに、作家がシャツに刺繍する。その手紙とシャツが、洗濯物を干すみたいにひもにかけて並ベられている。
コンセプトがあたたかいし、刺繍の服がとてもすてきで、妻が欲しいと言う。

■ カサグランデ&リンターラ建築事務所「ポチョムキン」 no.134 2003
長い間、ゴミが不法投棄されていた釜川の土手が、静かな特別な場所に再生されている。
コールテン鋼の壁で田から区画され、でも川の方向には開けている。
白い玉砂利が敷かれ、樹木が立ち、日本的な霊的空間の雰囲気も漂わせる。
ショベルカーの先端のショベルだけが放置され、壁と同じにさびている。
鉄枠にタイヤがつり下げられ、ブランコになっている。
この日は、女優さんがポーズをとって写真撮影しているところだった。スタッフが10人近く。ここで撮ったら、きまった、いい写真になるだろうと思う。

六日町i.c.を降りて古郡弘作品から入り、ポチョムキンで妻有郷に別れて塩沢石打i.c.から帰る。
越後妻有に来ると、このパターンで回るのが定着してしまった。
なにごとにつけ、慣れた手順にしたがうことは「堕する」感じがあって避けたいと思っているが、この2つの作品の位置と魅力からして、このパターンはどうも避けがたい。

清津峡の先の山道の途中に小さな店があって、寄り道した。こしひかりとか、漬け物とか買うと、ナスをおまけしてくれた。
谷川岳の下のトンネルをくぐるとまた悪天候にかわって、赤城付近では霧に包まれた。
越後にいた時間が夢のようだ。