2011年11月第5週 佐藤虹二写真展+川沿い作品展 


■ 熊谷シネティアラで映画『マネーボール』

ブラッド・ピットが演じる資金難の球団アスレチックスのGMが、数字を駆使して選手を合理的に獲得し、起用し、強いチームにする。
みごとな結果を残したので、金のあるレッド・ソックスから多額の契約金で誘われるが、断る。一見、不合理な選択のようでもある。
で、最後のシーンではCDを聴きながら車を運転している。娘がギターを弾きながら素直な声で just enjoy the show と歌っている。
いい。
どんなふうにshowを楽しむか、それこそが人生。
数日前、寄居の喜楽で岩田省三さんと飲んだ。70代半ばになるが、写真を撮り、桜を植え、町の将来を構想する。enjoy the show 、それこそが人生、と同じことを熱く語っていたのを思い出した。

■ 新井英範スタジオ『佐藤虹二写真展』

国道17号沿い、八木橋より深谷方向に向かって少し先の写真館で、佐藤虹二(1911-1955)の写真展が開催されていた。
植田正治のライバルだったという写真家だが、若く亡くなっている。
長男が生まれてから成長を追うようにとった写真を、小さなアルバム10冊ほどにまとめてあった。1ページごとにレイアウトをかえて貼り、ていねいに手書きの文字を書きこんでいる。
はじめはふつうの赤ん坊らしい服、子どもらしい服を着て写っている。
1945年には、頭にかぶっているのは防空ずきんになる。
父が記す日付は、おしゃれな字体なのに「紀元2604年」という表記。
それでも戦争が近づいているのに、野原で撮ったのどかな風景に子どもがいる。
間もなく熊谷は激しい空襲にあい、焼け野原になるのが、今見る者にはわかっているから、そののどかさが、はかなくせつなく思える。
1945年5月だったかの日付の写真が最後で、あとはアルバムは途切れる。
以後、佐藤虹二は空襲後の市街中心部が壊滅した写真を撮って貴重な記録になっている。
レールの間に子どもが立っている写真があった。荒川の川砂を熊谷駅まで運んだトロッコのレールで、今の万平公園のあたりとのこと。 
小さな10冊ほどのアルバムにおさめた、ふつうに可愛いわが子を撮った写真が、歴史を語る記録になっていた。

■ 熊谷市立障害福祉会館『川沿い作品展反省会』

10/29(土)30(日)の2日間開催された第12回川沿い作品展の反省会。
今年は「川沿い植物園」という企画を実施した。おかげで、今まで絵を描くわけでもないしと遠慮していた人たちの新参加が多数あった。

樹木に名前と説明を書いた板をとりつけた くまん堂の木の下で歌う
板を作り、説明を書く。実行委員の人たちが時間をかけて準備した。 木陰でハモニカにあわせて歌う。


2日目があいにく天気が下り坂だったが、それでもたくさんの人が見にきてくれた。しかもリピーターが多く、長い時間ゆっくりしていく人があり、好評だったと報告があった。

僕が今年あらためて思ったのは、用水からちょっとそれたあたりの狭い通りの風情が独特で味わいがあること。
例年同じようでいながらゆるやかな変化があり、新しく気づくこともある。
こんなふうで12年も続いている。たいしたことだと思う。

協賛で参加している図書館では、今年は「川沿い散策マップ」を作った。
作品展を開催している市役所付近から、用水が荒川から取り込まれる六堰頭首工までをさかのぼる散策地図で、途中の見どころをまとめてある。
地図のデザインを、古民家ギャラリーかぐやの井上正さんにお願いして、とてもいいものができた。

名物居酒屋「甲子園」の隣の中華の店で2次会があった。
川沿い作品展に協賛で参加している図書館の代表として僕はこれまで関わってきた。
図書館をやめたので、これが最後の集まりになる。楽しいだけに名残り惜しかった。