高須山から金津創作の森・みくに龍翔館・中谷宇吉郎雪の科学館


 加賀市 中谷宇吉郎 雪の科学館

中谷宇吉郎雪の科学館
石川県加賀市潮津町イ−106
tel.0761−75−3323
http://www.city.kaga.ishikawa.jp/yuki/index.html
設計:磯崎新 中庭のデザイン:中谷芙二子

中谷宇吉郎(1900−1962)は、加賀市片山津温泉の出身。
雪の結晶を撮影した写真集に衝撃を受けて雪の研究を始め、北海道大学を拠点に、グリーンランドなど各地に雪を求めて出かけた。
世界で初めて人工的に雪の結晶を作り出すことにも成功した。
「霜の花」などの映画制作に関わり、科学映画の草分けとしても知られる。

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夜、小松空港発の飛行機で帰るのだが、この館は空港まで20キロくらいの近さなので、最後に寄り道した。


柴山潟の岸辺にある。
芝生の斜面の先に橋があり、雪をイメージした六角塔が3つ連続している。
2階の入口を入って、ずっと進んでつきあたり、いちばん奥の六角塔が映像ホールで、まず映画「科学するこころ−中谷宇吉郎の世界」(25分)を見る。
簡潔にまとまっていて、ここで中谷宇吉郎に初めて出会う人(僕みたいな)にも、基本的情報を得られる。
映像ホールを支えるのは白く塗られた6本の木の柱。とても長い。
磯崎新は、埼玉県都幾川のゴルフクラブでも、こういう作りをしていた。 (さいたま梨花カントリークラブ(1988竣工時は武蔵丘陵カントリ-倶楽部)

階段をおりて、下の階が展示室。
閉館間近で、僕も含めてその時いたのは3人だけだったのだが、実験を2つ見せてもらえた。
たとえば1つは、ダイヤモンド・ダスト
−20度の冷凍庫の中で、梱包材のエアキャップを1粒、爪でつぶすと、圧縮された空気がつぶれた瞬間に急に膨張して温度が下がり、小さな氷の粒ができる。これに細い照明をあてると、キラキラと輝いて舞っている。
これがダイヤモンド・ダスト=氷晶で、実際の広い空中でこれができると、結晶が成長して雪になるという、雪のおおもとを目で見ることができる。

解説パネルを読んだり、顕微鏡をのぞいたりだけでなく、実際に実験を見られると、とてもわかりやすいし、わかった!とか、なるほど!とか、腑に落ちる。
しかも、とても楽しそうな話しぶりで、つい興味を覚えてひきこまれた。

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展示室を抜けると、中庭で、グリーンランドの氷河から運んだモレーンの石の原に、人工の霧が風にゆらいでいる。


ひとことでグリーンランドからといってしまうけれど、北緯78度の氷河の石を運ぶのは簡単ではなかった。

米空軍は、35年前に日本の科学者 Dr.U.Nakaya の世界的な研究を基地が支えたことを誇りに思い、グリーンランド自治政府は魚をとるだけではない日本との思いがけない交流を喜び、労働力を提供したデンマーク建設会社の人たちは、普段道路材として粉砕しているモレイン堆石が庭石になると聞いて張り切って集めてくれた。(グリーンランド氷河の原 中谷芙二子 新建築1995.3月)

中庭の先に喫茶室。その先はすぐ柴山潟の岸辺。さらに先には白山(はくさん)。
ゆっくりコーヒーでも味わいたいところだったが、展示と同じ、5時の終了時間間近で、諦める。
外の芝生に戻り、何となく立ち去りがたいような気分でうろうろする。
いい旅のあと、さあ飛行機に乗って帰ろうというときの気分は、うら寂しいような、ほっとするような、独特な感じがある。


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中谷宇吉郎 略年譜

1900 7月4日、石川県江沼郡作見村字片山津(現在の加賀市片山津温泉)に生まれる
1922 東京帝国大学理学部物理学科に入学
1923 寺田寅彦に物理実験の指導を受ける
1925 大学を卒業。理化学研究所の寺田研究室の助手になり、電気火花の研究を行う
1928 イギリスに留学
1930 北大理学部助教授として札幌に赴任
1932 教授に昇任 雪の結晶の研究を開始
1933 十勝岳の山小屋白銀荘で天然雪の観測を開始
1935 北大に常時低温研究室の建築が落成
1936 人工雪の製作に成功
1938 最初の随筆集『冬の華』と、『雪』(岩波新書創刊時の1冊)が出版される
1957 アメリカの国際地球観測年の遠征隊に参加しグリーンランドへ行く
その後、毎夏、北緯78°の観測所で氷冠の雪氷研究を続ける
1959 イギリス南極地名命名委員会が南極半島沿いの小群島を「ナカヤアイランズ」と命名
1962 骨髄炎のため死去




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