赤城山(黒桧山・駒ガ岳)から群馬県立近代美術館・群馬県立歴史博物館


 1  赤城山 ( 黒桧山 ・ 駒ガ岳 )


大沼南端 0:00

大沼の南側にある広い駐車場に車を置く。国民宿舎緑風荘の大きな建物を解体している途中で、道路側の壁が残って、ぼろぼろの内側をさらけ出している。

登山口 0:10 大沼に沿った道を行く。赤城神社のある小鳥ガ島を左に見て通り過ぎ、少し先で、右に上がっていく登山口がある。


猫岩 0:20


いきなり急斜面をひたすら上がるが、10分ほどで、好展望の猫岩に着く。
「赤城山で生まれた最初の人間」と自認していた猪谷六合雄(いがやくにお 1890−1986)は、大沼の南端にあった赤城神社の神主の子。父がその後、同じ南端で始めた猪谷旅館を引き継いでいた。
赤城は雷で有名な山で、猪谷六合雄の文章に、こういうのがある。



 鳥居峠の方から押し寄せてきた密雲が空を覆い、それが段々と垂れ下がってきて、やがて大沼の向う側の黒檜山も駒ヶ岳も胸のあたりから上は隠されてしまう。(中略)
猫岩の断崖のあたりに突如として、ピカツと半月形に金色の長刀(なぎなた)を振り下ろしたような閃光が立つ。「来たなッ」と思う間もなくバリバリッと鋭い爆音が鼓膜を打ち、それがゴーゴーと外輪山に木霊して轟き渡る。するとその一瞬の後、一度空の分厚い雲に衝突した爆音の反響が、頭の上から、ドドンドシーンと、途方もなく大きな音の塊になって大地に叩きつけられてくる。(中略)
猫岩から駒の麓へかけて次々と何本も金色の長刀が閃(ひらめ)き、山全体が爆音に震動して、付近一帯に紅の気が漂うように見えてきて、雷特有の匂いがあたりの空気に満ちる気がする。
(「定本 雪に生きる」 猪谷六合雄 1971 実業乃日本社)

これは下の大沼畔から雷をみている情景だが、なるほど、外輪山に囲まれた沼というのは、大音響装置になるわけだと思いいたった。榛名湖でも芦ノ湖でも、雷がくれば同じような壮観が展開するのだろうけれど、頻度といい、強度といい、赤城のは格別かもしれない。

木の根と岩が絡み合ったボコボコの道を行く。
樹間に青い色がチラチラとのぞかれるのは、下の大沼の水面が見えている。

黒桧山山頂 1:10
1828m
分岐を左に入り、背丈くらいの灌木に挟まれた道を行くと、まもなく黒桧山の山頂にでる。
低いところは雲に隠れているが、薄青い三角形をした、いくつものピークの連なりが、雲の上に姿をみせている。
涼しい木陰で一休みする。朝、家を出るときには、今日も暑くさりそうだし、山道ではひどく疲れることになるかと心配だったが、ここまではほとんど樹間の道だったし、木陰にいると軽い風が吹いてきて、とても心地よい。


(家に帰ってから、今日は35度をこえるこの夏最高の暑さだったと知った。山に行ってしまって大正解だった。)
赤トンボがひざにとまる。

南峰 1:15 分岐に戻って、駒ガ岳方面に向かうと、すぐに南峰がある。
赤城神社の鳥居があり、大岩には御黒檜大神と刻まれている。
西の方角に地蔵岳があり、その左手に小沼がある。高いところに大量の水がたくわえられているのが、奇跡のようだ。
地蔵岳と小沼の中間あたり、遠い先に富士山の端正な山頂。
地蔵岳の右手先に広がってみえるはずの関東平野は、かすみにおおわれている。

(右よりの最高部が地蔵岳。中央やや左の薄くくぼんでみえるのが小沼。)

とんびがゆるやかに流れていく。

ときおり木の階段が整備された道を下っていく。下に見えていた小沼がしだいに迫り上がって目の高さに近づいてくる。

大タルミ 1:35 いったん降りきったところが大タルミ。ささ原のなかを行く。


駒ガ岳の山頂 1:45
1689m
わずかに登りかえすと駒ガ岳の山頂。
でも小突起というくらいの感じで、山頂らしくない。ここでも薄く富士が見える。
大きく下りはじめるあたりで小沼が細長く見えるが、木立の中を行く道に入り、もう見えなくなる。

大沼南端 2:20 ジグザグに下って車道に降りつく。右へ行くと出発点の大沼南端の駐車場がある。


歩いた日:2003.8.23  経過時間は休憩時間などを含みません。


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