吾妻山から大川美術館

1 吾妻山(481m) は、桐生市街地のすぐ北にある山。標高は低いが展望は十分。歩くのにきつすぎず、長すぎず、もの足りないこともなく、ちょっとした岩場もあって変化があり、あきない道。ということは、子供を連れていくのにもちょうどいい山である。

2 大川美術館は、厚みのあるコレクションをもっている。吾妻山から続く水道山公園の斜面にあり、喫茶室からは桐生市街地を見下ろしながらコ−ヒ−を飲める。
近くには他にも手頃なハイキング・コ−スや、寄りたい美術館があり、季節に応じ、折りにふれ行く楽しみがある。


 1  吾妻山 
 2  大川美術館 
 3  その他の近くの美術館 
 3-1   オノサトトシノブ美術館 
 3-2   岩宿博物館コノドント館 
 3-3   岩宿博物館(旧・笠懸野岩宿文化資料館) 





 1  吾妻山 

 
吾妻公園駐車場
      0:00

登山口になる吾妻公園は、JR桐生駅、上毛電鉄西桐生駅の北にある。近くに桐生が岡公園、水道山公園(大川美術館はここにある)と似た感じの公園があるし、吾妻山があるために道が弧を描いていて方向がわかりにくいが、要所に道案内がある。

この日は友人の家族といっしょ。どちらにも小さな子供がいる。
トイレに「マムシに注意」の表示。このあと、山道にはいると「クマに注意」の表示があったが、ふつうに歩いていれば危ないことがある道ではない。
街に近い山のことで遊歩道がいく筋もできている。尾根に上がるまでの斜面には「哲学の小径」があって、パスカルの考える葦だとか、与謝野晶子の君死にたもうことなかれとか書かれた看板が道の脇に立っている。ちょっとうっとうしい。吾妻山へはどれでも尾根方向に上がっていけばよい。

尾根に出ると、まもなく舗装道路にかかったを渡る。橋の上は金網でおおわれていて、山に行く道には過保護なくらい。
これから登る吾妻山の方向を見渡せる。紅葉の季節で、おむすび形の山がちょうど焼きおにぎりのようで食欲を刺激される。
橋を渡った左手には人家がいくつかある。同行者は、温泉ではないかと根拠のない推測をして看板を見つけだそうとしているが、ただの人家のよう。

トンビ岩 0:30

ようやく山道らしくなって、かなり急な登りを行く。岩のごろごろした傾斜が現れるが、危険なほどではなく、左手に巻いてゆるやかに上がる道もある。風もなく、みんな歩きはじめよりだいぶ軽装になった。
見晴らしのいい地点にでて、そこがトンビ岩。岩登りの練習をする人もあるらしい。ここで一休み。ほぼ行程の半分弱程度。冬の太陽は低い位置にあって、柔らかい陽射しがあり、2家族いっしょにいい記念写真がとれた。

吾妻山頂 1:10
ふたたびごつごつした道を歩いて、尾根に上がりきり、右に折れるとわずかで山頂に着く。渡良瀬川が流れる足利市街がすぐ足下にあり、さらに関東平野が遠くまで開けている。北側は木立ちにいくらかさえぎられているが、赤城、榛名方面の山々をのぞめる。
この同行者と出かけるといつも雨に降られ、雨男という言い方にならえば、雨家族とお互いに非難してきたのだが、この日は珍しく好天。風もない。おむすびとカップラ−メンでゆっくり食事を楽しんだ。

トンビ岩 1:50

吾妻公園駐車場
       2:10
下り道は子供たちが先頭。道に木の葉が散り敷いているので、すべりそうとか、急な道はこわいとか、母も子も、わいわいがやがやとにぎやかである。
トンビ岩でも休まず、下りはノンストップで駐車場に戻った。
公園そばで通り抜ける光明寺の庭の紅葉も、みごとに赤く色づいていて、きれいだった。
*コ−スタイムは登山口からその地点までの経過時間。ただし、休憩時間を除く(右の文中に昼食をとったとか書いてあっても、その時間を除いてある。)




 2  大川美術館 

群馬県桐生市小曽根3−69
tel. 0277−46−3300
http://www.kiryu.co.jp/ohkawamuseum/  

日本と欧米の近代・現代の美術作品。今は財団法人として運営しているが、もともとは大商社に勤務した大川栄一氏が収集してきたもの。個人のコレクションとは思えないほどの質・量がある。

ノブレス・オブリッジという考え方があって、社会的に地位のある人は、それに応じて社会への貢献をしなくてはならないというもの。
「箱は作ったけれど中身がない」ということが日本の多くの美術館の問題点としていわれている。美術館に作品を寄贈して名を残すことは名誉なことであるという考え方がもっと広まり、実践されていれば、もっと多くの美術作品を身近に見られたはずだと思う。

この美術館には豊富なコレクションがあるが、年に数回の企画展も開催していて、いつか美術館を訪れたときに「これこれの企画を見に来た」というような感想を残したら、館長さんから直接に葉書をいただいた。−「常設展示こそが美術館のもと、美術鑑賞のもと。」

僕の住むところからは、休日に散歩がてらふらっと行ってみるというほど近くはないので、きっかけとしては興味のある企画にあわせてでかけるのだが、そのたびに常設展示の作品を見ていると、作品になじみができてくる。時間をおいて見ることで感じ方がかわるということもあるし、他の美術館で作品を見ていて、「ああ、この作家は大川に○○という作品のある作家」というように、この美術館の作品がひとつの基準になっているということもある。

この美術館では、(正確に点数や展示面積を比べたわけではないが)、常設展示対企画展示の比はたぶん10対1くらい。、その比がほとんど逆転している県立美術館さえあるのに、この質・量はたいしたものだと思う。
「美術館に行く」ということは「(一時的に開かれる)展覧会を見に行く」ことのようについ思いこんでいるけれど、いいコレクションを、時間をおいて、繰り返し見ていくことが美術を楽しむうえでのおおもとの見方なのだと、実際の作品を通してしみじみ感じさせられ、納得させられる。

       ◇          ◇

街のすぐ近くに気軽に行ける山がある−ということが、とても羨ましい。たとえば休日、朝遅く、のんびり起きてみたらいい天気。それではとおむすびを持ってふらっと歩いて行ける山があることのしあわせ。
そして、ついでにふらっと寄ってみることのできる美術館があることのしあわせ。

桐生市内を歩いていると、繊維産業の伝統のある古い町で、のこぎり屋根の工場や、古い蔵があちこちにある。繊維産業は衰退しているらしいが、そうした建物のひとつ、有鄰館を基点に、美術や音楽・芸能の催しが開かれている。何度か、その建物や市内の自然を生かした野外美術展も開かれている。
(→ [ 街を歩いて美術展 ] )
しかも、そうしたことが行政主導ではなく、市民主体で企画・運営されている。
美術館も市が作ったのではなく、個人のコレクションを基に開館し、運営されている。
こうした風土からは、さらに文化が発展していくのだろうと思う。



 3  その他の近くの美術館 
 3-1   オノサトトシノブ美術館 

桐生市梅田町1−182
  東武桐生線新桐生駅から桐生女子校行き25分
  終点から徒歩1分
  (大川美術館から車で約10分。)
tel. 0277−32−2671

オノサトトシノブ(1912-1986)は、鮮やかな色づかいで錯視的な画面を作る独特の抽象画をえがいた。
白を基調にした室内に作品が映える。


 3-2   大間々博物館コノドント館 

みどり市大間々町大間々1030
tel. 0277−73−4123
http://www.city.midori.gunma.jp/conodont/

大間々町は桐生市の西隣の町。
何度かこのあたりの道を通るたびに「コノドント館」の案内看板を目にして、このあたりで見つかった恐竜の化石でも展示している施設かと思っていた。ようやく行ってみたら、確かにコノドントは生物の化石ではあったが、全身でわずか1ミリ!

日本で初めてコノドントを発見したのがこの町の林信悟氏。まだ学生の頃のことで、新発見には逆風があったという。
6億〜2億年前の太鼓の海に住んでいた生物でセキツイ動物の先祖らしいが、正体はよくわからないらしい。
長い年代にわたって生存し、つの形、くし形、プラットフォ−ム形などがある。こんなに違う形のものを同じ1つの生物と特定できるのが不思議。
時代により形が変わっているので、動物の化石が発見されたとき、中にコノドントが見つかれば、その動物の生きた地質年代がわかる。こういうのを「示準化石」というと、ひとつ言葉を覚えた。
(幾人もの女性を愛しては別れたピカソの作品が、そこに描かれている女性によっていつ頃の制作かわかるのと同じようなもの?)

この建物はもとは旧大間々銀行本店だったもので、設計者は小林力雄(1873−1927)。桐生、足利などに銀行や事務所の優れた洋風建築を設計したが、現在残っているものは他にほとんどない。
大間々銀行が移転することになったのをきっかけに、町が買い取って博物館にした。昭和63年のことだから、小さな町の近代化遺産の活用としては、かなり先見的な例になる。
展示にたいそうな経費がかけられているのではないが、ちょっと驚かされる仕掛けもあって、意外に楽しい。



3-3    岩宿博物館(旧・笠懸野岩宿文化資料館) 

みどり市笠懸町阿左見1790−1
tel. 0277−76−1701
http://www.city.midori.gunma.jp/iwajuku/index.html

笠懸町は桐生市の南隣の町。
納豆の行商で生計をたてながら研究していた相沢忠洋氏が、1949年に日本で初めて旧石器を発見したという伝説的な地。
コノドントといい、旧石器といい、それまでないことが定説になっていたのを覆すのはたいへんなことだったし、しかも発見者が実績のない人たちだったので、どちらも権威者たちの反発を受けたらしい。
(新しいものの誕生をめぐるドラマは美術の世界だけに限らない。)
桐生付近には何か大きなエネルギーが潜んでいるかのよう。

資料館はのびやかな風景の公園のなかにある。



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