榛名山(掃部ケ岳)から竹久夢二伊香保記念館・榛名町歴史民俗資料館



 2-3  どんたく図案社 

竹久夢二が実現を図った事業の2つ目は、恩地孝四郎らと共に企画した「どんたく図案社」。
日本の商業美術の拠点を目指して、雑誌を刊行する準備を進めていた。
1923年5月には、帝国ホテルで「図案と印刷」刊行の披露会を開いた。

このときの帝国ホテルはいわば旧館で、1873年に作られた鹿鳴館のための宿が必要なため、国策のホテルとして渋沢栄一が関わり、1890年に鹿鳴館の隣に開業していた。設計は工部大学校造家学科でコンドルに学んだ渡辺譲

その年、9月1日に関東大震災が起きる。
「どんたく図案社」のための印刷所は全壊して、準備してきた資材を失い、夢二の計画は挫折。
一方、F.L.ライト設計の帝国ホテルの新館は、その9月1日に新築完成の日を迎えていたが、比較的軽い損害ですみ、大震災にも耐える設計をした建築家として、ライトは評価を高める。

この帝国ホテルの設計のためにライトとともに来日したアントニン・レーモンドは、井上房一郎と親交があり、井上の文化理念の実現に関わっていく。

→ [観音山から高崎市美術館・高崎哲学堂・群馬音楽センター]



TOPこのコースのはじめに戻る次へ→