榛名山(掃部ケ岳)から竹久夢二伊香保記念館・榛名町歴史民俗資料館



 3  榛名町歴史民俗資料館+榛名神社


■ 榛名町歴史民俗資料館

群馬県高崎市榛名山町138−1
tel. 027−374−9761
http://www.city.takasaki.gunma.jp/soshiki/harureki/

榛名神社を中心に、榛名の考古・民俗資料を所蔵・展示している。
榛名神社に行く前にふらっと寄ってみたら、榛名湖畔にあった竹久夢二のアトリエの、今に残る唯一の遺品という板戸が展示してあった。
2枚の戸には絵がかいてある。
赤い花が咲く(実がなる?−色があせていて、判断できない)木に4匹の猿が絡んでいる。裏面は桜の絵だという。まっとうな日本画ふうで、夢二がかいたものではなさそうだが、これも確かな判断がつかない。

榛名の憶い出といえばそれとあの夢二の詩ですよ、あの湖畔亭の後のスロープに夢二の山荘がありましてね、もう住んではいず朽ちかけてましたがね、今はないでしょう。
山口薫 堀川寛一(上毛新聞社) 小林良曹(新島学園教諭)対談での山口薫の発言
群馬と夢二 萩原進編 みやま文庫 1985








■ 榛名神社

群馬県高崎榛名山町849
http://www.haruna.or.jp/


山門から本殿まで、榛名川に沿った長い参道を行く。
さらに階段を上がってようやくたどりつく本殿は、後方の岩山と接続している。岩山は御姿岩といい、神の依代とされる。自然と一体になった、独特の、いかにも聖域というのがふさわしい空間を形成している。

「榛名」と「伊香保」という地名には入り組んだ歴史があるらしい。
かつて、伊香保は巌秀(いかほ)であって、むしろ山域の名であり、万葉集にも、いくつか「いかほ」がうたわれている。
山域の神社についても、「伊香保神社」の名が記録に残る最初は835年と古いが、のちに、伊香保の温泉が有名になると、伊香保神社は温泉地の神社になり、山にある神社が榛名神社になったものらしい。

戦前は、渋川から伊香保まで伊香保軌道株式会社の鉄道が走り、伊香保から榛名山のヤセオネ峠まではケーブル・カーがあり、渋川から榛名山まで歩かずに行けたという。運転本数や所要時間は、今のスピード感覚からすればずいぶん遅かったのだろうが、他のリゾート地に比べると、心理的距離感としてはずいぶん近かったと思われる。伊香保には多くの文化人が訪れて作品を残している。
(鉄道とケーブルカーは、太平洋戦争で鉄が必要になってレールを供出して終わっている)


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