水沢山からハラミュージアムアーク・渋川市美術館


 渋川市美術館 −銀行に美術館  (白川昌生展を見る)


□ 渋川市美術館

群馬県渋川市新町1907
tel.0279−25−3215

銀行が新店舗を作り、一部の機能だけ残して移転したあと、あいたスペースに美術館が作られた。
2000年に開館。
道に、「群馬銀行渋川中央出張所」と、「渋川市美術館 桑原巨守彫刻美術館」とが並んだ案内掲示がでている。

1階に桑原作品を常設した美術館と、小さな銀行店舗部分。
2階に美術館の事務室。
3階は市民ギャラリー兼企画展示室。通りに面した南側の部屋で明るい。


桑原巨守(くわはらひろもり 1927-1993)は群馬県沼田市出身の彫刻家。
「春のよろこび」「花の輪」「南風」「豊穣」といったタイトルどおりの、生の希望や充実を表現した作品を作った。
渋川市民会館内に「野の花」、渋川駅前広場に「風と花」、東京証券取引所に「讃太陽」などが設置されている。

          ◇          ◇

桑原巨守(くわはらひろもり):
1927 群馬県沼田市に生まれる
1949 東京美術学校彫刻科卒業
1966 二紀展同人賞受賞
1971 女子美術大学教授となる
1977 第1回彫刻日動展に招待出品(以降毎年招待)
渋川市民会館内に《野の花》設置
1979 ブルガリア政府《花と少女》など5点買い上げ
1982 第2回高村光太郎大賞展で国内招待部門作家に選ばれる
美ヶ原高原美術館賞受賞
1982 日比谷富国生命本社構内に《凱旋》など3点を設置
1983 第37回二紀展で文部大臣賞を受賞
1985 東京証券取引所に《讃太陽》を設置
1987 渋川市平沢川緑道橋上広場に《讃太陽》設置
1988 渋川駅前広場に《風と花》設置
1993 女子美術大学定年退職 同大学名誉教授となる 8.26死去
1994 渋川市金島ふれあい公園に《麗陽》設置



□ 銀行の転用

バブルっぽい、たいそうに構えた美術館より、こういう作り方のほうがいいと思う。
無駄な建築費がかかっていないし、あとの維持費も独立・新築美術館に比べて、ずっと少なくてすむ。
(渋川市は群馬銀行に賃借料を支払っているが、土地を転用して、新築して、あれもこれものサービスをそなえるより、よほど安くすんでいるだろう。)

ただ、それはいいのだが、いかにも建物に魅力がないのが惜しい。
ほとんど「空き店舗の転用」そのまま。
日本銀行松江支店を改装したカラコロ工房(島根県松江市)や、旧森田銀行本店(福井県三国町)がギャラリーなどに使われている例などと、つい比べてしまう。

カラコロ工房 旧森田銀行本店

いずれも元が文化財級の建築だから、比較するのは酷なのだが、もうひとくふうして、美術館としての求心力、引きつける魅力をもてないものかと思う。
このとき開かれていた白川昌生展では、奥の小さな部屋も展示に使われていた。
壁の上部は内装を剥がしてあり、天井も配管がすっかり表にでていて、展示がゴロっとむき出しに提示されている印象になっていた。
この近くでは、前橋の北関東造形美術館のかつての展示室も同様で、僕は異様に好きだった。

ここからすぐ近くには、やはり古い建物を転用したらしい公民館を見かけた。昭和初期あたりかと思われる木造建築が、ツタに覆われている。
常設は彫刻だし、特別展は短期間の開催だから、保存上の条件も厳しくなくていいだろうし、こちらを美術館にすることはできないのだろうか?
市民の愛着という点でも、そういう選択があってもいいように思う。
(もちろん、あれこれにそれなりの事情があるのだろうから、こういうのは通りがかっただけの者の勝手な言い草ではある。それにここで開催されていた作家、白川昌生の本をあとで読んでいたら、こういう感想は軽薄に思えてきた。)


□ 「白川昌生展 渋川プラットフォーム計画」

このとき美術館で開催されていたのは、白川昌生展で、2005年3月20日から5月15日まで開催された。
渋川市美術館には、前から行ってみたいと思いながら機会がなかったのだが、白川展にあわせて、ようやく最終日に行くことができた。

アーティストが、渋川にすむ人たちにインタビューする。
それぞれの思い出のある場所に立ってもらって話す様子をビデオにおさめ、デッサン、立体、写真などもあわせてインスタレーションを構成している。
展覧会のタイトルは、作家の文章によれば、

(参加者から話しを聞くのにあたり)彼らの挙げる場所にゆき、私の作ったプラットフォーム/足場のような平台の上に立って、「ぷらっと」話をしてもらおうと、そして私も「ぷらっと」「形(フォーム)」にしてゆこうと考えている。
『美術・マイノリティ・実践−もうひとつの公共圏を求めて』白川昌生 水声社 2005

地方都市の空洞化は各地で生じている現象だが、渋川では、市民が思い出の場所のかつての様子を語り、美術館に展示する地図に想像的に再構成でもしないと都市が成立しないのではないかと感じられるほど、空洞化が著しい。
商店街のシャッターが閉まっているどころではなくて、あちこちが空き地になってしまっている。テレビニュスで見る、遠い国の、爆撃を受けた街の映像を連想してしまったくらいだ。
これも通りがかっただけの勘違いで、大がかりな再開発の途中なのかもしれないが、少なくとも空洞化が進行しているのは確かなことのようだ。

奥の別の部屋では、この作家が考察や表現の対象にしている地域通貨のことなどが、立体作品「日本情報株式会社」として設置されていた。

こうしたアーティストの表現、それを企画した美術館の意図が、参加した人、鑑賞する人に伝わって、都市と、そこに生きる人の再生の種になるといいと思う。


□ 美術館−歴史的建築物−無人駅−地域通貨

あちこちで美術館の経営が苦しくなり閉館するところもあり、また美術が社会とどう関わるのかも自明のものとはされなくなっているが、白川昌生の芸術観は独自な視点をもっていて、刺激を受けた。
前述の著書(『美術・マイノリティ・実践−もうひとつの公共圏を求めて』)によって僕なりに理解したのは、以下のようなことである。

白川によれば、芸術は、色、形、物質といった抽象的な造形概念から、場所と記憶に関わるものになってきていて、白川自身、1993年から「場所・群馬」という展覧会を作ってきた。

その考え方から、前橋にある明治期の歴史的建築物、臨江閣に展示したこともある。
しかし歴史的建築物を利用した展示が、その後一般的に広まる一方で、白川はさらに先にいっている。

歴史的建造物の空間を使用することは、時空間や意味の異和作用を引き起こすことではなく、美的、快適なインテリア空間というライフ・スタイルへの導きとして知覚されている。

渋川市美術館に行って、僕がカラコロ工房や、旧森田銀行本店のようだといいと感じたのは、まさに快適なインテリア空間指向−古い建築っていいよね、とかいいながら、そこでコーヒーを飲んで憩う、みたいな−だと気づかされる。

そもそも臨江閣は、明治天皇の前橋訪問にあたって、絹織物生産者や政治家が企て建てたものだった。
でも美術が場所と記憶に関わるとして、それは財力や権力をもった人だけのものではない。
また、美術館・学芸員や画廊や美術評論家によって認知された者/作品が、美術家/美術作品として価値があるとされる美術の制度にも、異議がある。
 
そこで白川は、上毛電鉄の無人駅での美術活動を始める。

公共の場としての駅が、実際のところ無数の人々の活動や生活によって成立してきていたのだということの記憶を生々しくよびもどしてくる

さらに白川の視程は、美術の制度だけではない、もっと広く、大きく、人の暮らしを完全に制約しようとする国民国家、資本主義のありようにまで届こうとして、そこから逃れる、外れる、逸れる手だてを考え、地域通貨の活動にもはいっていく。

マイナーな立場の者が、公共通貨ではない交換手段を手にするとき、国民国家、資本、利益共同体によって支配されている世界とは違う、さらなる公共圏への可能性を知覚し、「隠れ作業」(ド・セルトー)をやってゆく知恵を身に付けてゆけるようになるのだ。

若林奮が日の出町のごみ処分場の建設を止めようとして庭を作ったことや、宮本常一の常民の思想に共感を寄せる。

私たちは、このシステム、支配体制そのものを完全に拒否できる力はもっていない。その中で生きながら、それにつき従いつつ、それを何処かで裏切ってゆく知恵を身につけなくてはならないのだ。(中略)おそらくは「異人」であることを隠しつつ、生き延びてゆくことが求められるのだろう。

ここではないどこかを求める心に僕も共感する。
ニライカナイや桃源郷やユートピアへの憧れ。
より現実に即しては、「このような日本人でないところの日本人」を志向する大江健三郎の苦い認識。

いずれにしても困難な道なのだろうと思う。
20世紀前半には武者小路実篤の「新しき村」の実践があり、世紀後半には、ヤマギシ会や大倭紫陽花邑などの共同体運動があった。
それらと21世紀初期の地域通貨の運動は、同じなのか、何が違うのか。
また白川が目指すように、芸術が、もうひとつの道を開く可能性はあるのか。
いつの間にか行われている無人駅でのアートとしての行為を、他の人はどう共有していけるのだろう。
白川の文章に惹かれはするが、すんなりと納得できるとか、それで道すじが開かれると、簡単にはいかないだろう。
でも、たくさんのことを教えられ、同時にたくさんの疑問を考えさせる刺激があり、もしかしたらという可能性を感じさせもする点で、いい本にめぐりあえた。

          ◇          ◇

これまでに見た白川昌生展と、これまでに見た北関東造形美術館の企画:

94.06.05 北関東造形美術館 白川昌生展
97.05.18 北関東造形美術館 場所・群馬4白川昌生「日本人ですか。4」展
98.09.26 臨江閣 対話 白川昌生・ジェラ−ル・コラン・ティエボ
00.07.20 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000「さわれる風景T城主の庭」
03.02.15 モリスギャラリー 白川昌生 いただきます/ごちそうさま
04.02.14 ギャラリー現 白川昌生展

95.08.19 北関東造形美術館 ギュンタ−・ウッカ−展
96.05.18 北関東造形美術館 磯辺行久展
96.07.27 北関東造形美術館 フィリップ・ラル−展
96.11.03 北関東造形美術館 第3回場所・群馬「前橋・ダブリン」展
97.08.21 北関東造形美術館 第4回場所・群馬「回帰する場所 木暮伸也 集積−風景」
97.09.28 北関東造形美術館 アルチャナ・ヘバ−展
98.05.31 北関東造形美術館 フィリップ・カザル(後退して前進)展
98.07.04 北関東造形美術館 第3回アンデパンダン展−誰もが○○○−
98.08.09 北関東造形美術館 クリスティ−ヌ・モンソー
98.09.26 北関東造形美術館 字体の美学
01.05.16 北関東造形美術館 讃岐有美子写真展 海面の街

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若林奮     [天狗岩から緑の森の一角獣座
大倭紫陽花邑  http://www.ohyamato.jp/
ヤマギシ会   http://www.koufukukai.com/




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