大桁山から群馬県立自然史博物館・富岡製糸場


 富岡製糸場


群馬県富岡市富岡1番地
tel.0274−64−0005 富岡製糸場管理事務所
設計者:E.A.バスチャン 1872

1872年(明治5年)、明治政府が群馬県富岡市に設置した製糸場。
近代化を進めるために、生糸の輸出を増やし、外貨を獲得しようとした。
渋沢栄一(1840−1931)の従兄弟にあたる尾高惇忠(1830−1901)が創立責任者になり、フランス人技師ポール・ブリュナが技術面の指揮をして、建設地を選定した。
候補地は、秩父(埼玉)、富岡・下仁田・松井田(群馬)、追分・御代田・佐久・小諸(長野)の中から、富岡が最適地とされた。
理由は、製糸場の成立に必要とされる、広い土地と多様な原材料が調達しやすいことが決めてとなった。

生糸生産のための原料となる良質の繭が周辺の養蚕地域から得られる。
蒸気機関を動かすための燃料となる石炭は観音山から。
木材は近くの妙義山や、遠くは中之条の奥地にある吾妻・沢渡付近の官林から河川を利用して運んだ。(柱として長さ15m以上のものを大量に必要とした。)
礎石は、現在の甘楽町小幡にある連石山から採掘した。
煉瓦と瓦は、甘楽町笹森に窯をつくり焼成し、煉瓦積みの目地(漆灰)には、下仁田町青倉から産出した石灰を用いた。

そして水は、今日歩いた大桁山から用水を通して調達したという。
繭をゆでるには大量の水が必要で、そのための鉄水槽が、軍艦の建造技術を生かして、大蔵省横浜製造所で製造された。現存する鉄製構造物としては国内最古という。
2005年、「旧富岡製糸場」として国史跡に指定され、建物は片倉工業(東京都中央区)から富岡市に寄付され、市では世界遺産の指定を目指している。

広い敷地内に工場や事務棟が並んでいる。内部は今のところ、ふだんはほとんど入れない。
木の柱を組んだうえで、フランス積みで積まれた煉瓦の壁が美しい。





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