安芸小富士から平和記念資料館・ひろしま美術館


1   安芸小富士(あきこふじ) 


広島港の南、瀬戸内海に浮かぶ小さな島の小さな山。標高278m。
もとの名前のほかに○○富士とニックネームをつけられた山はいくつもあるが、ここはもともと安芸小富士という。

似島(にのしま)は軍都・広島から近く、日清戦争以後、陸軍の検疫所など軍の施設として使われた歴史があり、終戦まで島の南側は一般市民の立ち入りが禁止されていたという。
原爆投下直後には、救護所が作られ、多くの被爆者が似島に運ばれてきた。
1971年に似島中学校グランドから、500体以上の遺骨が発見され、遺骨は平和公園の原爆供養塔に納骨され、島には慰霊碑が建てられている。

(経過時間には休憩などの時間を含みません。山行:2003.3.8)



広島港(宇品港)
 ↓
似島港 0:00
  
朝一番のフェリーに乗るには、市街地の宿に泊まっては間に合わないので、広島海員会館という、船や港関係者向きらしい宿に泊まる。
広島港から似島港まではフェリーで所要20分。

フェリーを降りて、防波堤を北に少し行き、標識にしたがって右へ折れる。人家の間のとても細い道を抜けていく。小さな島で寄り添って暮らす集落の風情がいい。
道案内にしたがって細い山道に入る。少しでも平坦な面積があれば畑にしている。
臨海少年自然の家への道が右へ分かれるが、山頂へは左に行く。
背より高い笹が生えている。
海抜0メートルからぐんぐん上がって、海がずいぶん下になる。展望がよい。
こういうところに休暇小屋をもてたら素敵だと思う。

尾根 0:20


 

尾根にでる。
ここまではきつい坂だったが、ゆるやかで快適にとばせる道になる。
朝日がまだ低い位置にあり、ほとんど真横から日が射してくる。
島が逆光の海面に浮いている。


山頂 0:40


 
山頂。海を見晴らす山は気持ちがいい!!
瀬戸内らしく、いくつかの島々に囲まれている。
陸には広島市街が広がっている。基町の大きなホテルが見える。広島港よりさらに南に突き出した元宇品公園の広島プリンスホテルも森の上に背の高い姿をのぞかせている。右に広島呉道路の橋桁が、呉市方向に延びている。
とんびがピーヒョロロと声を残して通り過ぎていく。

山頂から展望公園を目指して下る。樹林の中の道で、左手に海岸線がある。下に見える、海に突き出した土地にある学校は児童養護施設の似島学園。終戦後の時期には、親を戦争でなくした子が多くいたという。




展望公園 1:05


 




この島にしてはとても広い平らな公園が作られていて、海や対岸の陸の展望が開ける。

広島市似島臨海少年自然の家 1:20
 
ここからは整備された遊歩道を降りていき、平和養老館にでる。
海岸に沿った道にでて、南に向かうと、広島市似島臨海少年自然の家がある。コンクリート打ち放しにくすんだうす茶色を彩色した、数棟の建物からなる。

自然の家は検疫所の跡地に作られていて、馬の焼却場跡というものも自然の家の敷地内に移設されている。原爆投下後は、亡くなった被爆者の遺体も焼かれたという。原民喜の最後の作品「ガリバー旅行記」で、ガリバーが最後に訪れたのが馬(フウイヌムと自称する)の国であったこととの符合を思い出させる。
馬は友情と厚意に満ち、悪のない世界で暮らしている。
そこでは人間(ヤーフ)は、邪悪で醜い。
馬の世界から帰ったガリバーは人間になじめない。

てっきり私を死んだものと思いこんでいた妻子たちは、大喜びで迎えてくれました。家に入ると、妻は私を両腕に抱いてキスしました。だが、なにしろこの数年間というものは、人間に触(さわ)られたことがなかったので、1時間ばかり、私は気絶してしまいました。
(原民喜のガリバー旅行記 原民喜 晶文社 1977)


ガリバー旅行記の最後をそう結んでから、原民喜は線路に横たわって死を選んでいる。

島には、2002年に取り壊されるまで、弾薬庫跡が残っていて、壁は分厚いコンクリートで作るが、屋根はとても薄くして、爆発しても吹き飛ぶように設計されていたという。



 
海辺の道のわきに、貝殻の集積があった。帆立貝らしい貝に、穴をあけ、紐を通して何枚も重ねて結びつけたものが、またいくつも積み重ねてある。たくさんの工具や楽器をプラスチックのなかに密集させたアルマンの作品のようで、こんなところに現代美術がある!みたいで驚いた。
このあと、広島市郷土資料館で見た牡蠣の養殖法で、帆立をたくさん串刺し状にして海に沈めておくと、牡蠣の種がつくという説明があって、そのためのものだったようだ。



 
似島港 1:50 
港へ近道という標識にしたがって右に曲がり、墓地の脇を抜けて峠をこえ、降りていくと港に近い集落に入る。

狭い道に家が建て込んでいて、親密な感じがする。ただ、いろんな作りの家が混在しているので、ごちゃごちゃした印象になってしまっている。ギリシャの地中海岸の島の家が、壁をそろって白く塗って青い海とみごとなコントラストを作っているように、ここでも、土地柄にあった様式で統一した家並を作っていったら、とても魅力的な島になるだろうにと思う。



広島港に戻るフェリーから振り返る



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