安芸小富士から平和記念資料館・ひろしま美術館

3−1  広島城
 広島市立基町高等学校/原広司
 基町高層アパート/大高正人



城と高校とアパートの位置関係。堀に囲まれた島状地に広島城。堀を隔てて西に基町高層アパート(写真正面)、北に基町高校(写真右)


■ 広島城

広島市中区基町21番1号
tel.082−221−7512
fax.082−221−7519
http://www.cf.city.hiroshima.jp/bunka/index.html

太田川デルタに築かれた平城。安土桃山時代の1589年に築城。
原爆によって倒壊。1958年、鉄筋コンクリートによって外観復元。1989年には築城400年を機に内部改装を行い、武家文化をテーマとした歴史資料館として再開館。
天守閣まで上がると四方を見渡せる。
北側の堀を隔てて広島市立基町高等学校が見える。
 





■ 広島市立基町高等学校

いかにも原広司設計らしく、宇宙船かSF映画の街の建築のようである。着いたのが授業時間中らしかったので当然とはいいながら、人の気配がしない。人の気配が希薄なのが似合う景色を作っているというか。
高校生くらいの時期に特有の汗くさいような熱気が漂白されてしまうのではないかという気持ちさえする。
でも僕は原広司の建築のそういう感覚がけっこう好き。
ただ、自分が高校生だとしてこの高校に行きたいか、自分の子どもをこの高校に行かせたいか−と想像してみると、あまり気が進まない。
埼玉県入間市にあるクリストファー・アレグザンダー設計の東野高校を見たときには、できることなら自分も行きたい、子どもを行かせたいと切なく思ったものだったけれど、ここは高校としては何かなあ...と思う。
もっとコンピュータ化の進んだ時代の形態を先取りしてるのかもしれないとも思ったり。


 → 宮城県図書館 札幌ドーム
 

■ 基町高層アパート

広島城の堀と太田川にはさまれた8.1haの土地に、戸数3008戸の市営大団地がある。
設計は大高正人。(僕の敬愛する作家、開高健とともに、すばらしい名前だ。うつ気味の開高健は、自嘲して閉低患などといったことがあるが。)
都市と建築との高度な関わりを考える大高理論の実現例として、1976年にできている。

高層住宅の中庭部分が庭園になっている。それは人工地盤による屋上庭園であって、地下は商店街になっている。
その商店街を歩き回ってみると、なかなか面白い。
大都市の駅につながるファッショナブルな地下街のようではなく、大衆食堂や、薬屋や、自転車屋が並ぶような、裏町商店街的な印象がある。しかも経営が難しいらしく、シャッターがおりたままの店も少なくなくて、うらぶれた風情になっている。
どこにどうつながるかわからない狭い路地。地下街だからその路地にも天井があって、しかも低い。独特の雰囲気があって、ここを舞台にして、ここを根城にする怪しげな人たちを登場させて、映画を1本作れそうだ。
それにしても、今どき、日常の買い物はスーパーマーケットですませるし、高層集合住宅の中庭、植栽の地下の商店街にどのようなものが必要なのか、またどのような店なら経営的に成り立つのか、思いつかない。
収益にこだわらずにすめば、コミュニティ施設とか、NPOのための施設などが入れば面白そうだが。

エレベータは2階ごとにきりとまらない。1階分だけ歩けばすむにしても、今のバリアフリーの考え方からすると、つらい。
乗ってみると、作りも古めかしいし、動きも鈍い。新しいエレベータのようにツルツルとして衛生的でないので、かえってどこかヨーロッパの国にきているような旅情を覚えてたりして、それなりに風情でもあるけれど、毎日住んで暮らすには不満を覚えるところかもしれない。

広島の中心市街地の一角にあって、立地はとてもいい。市でも、基町高校原広司設計で一新するなど、高層アパートから中央公園を経て公共施設の並ぶ区域まで、重視していて、ここも決して忘れられた地域ではない。建設から30年近く経って時代の要請にずれを生じている集合住宅を、どう適応させていくか、行政や街づくりの専門家だけでなく、市民も含めて、知恵のつかいどころになっている。 









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