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 4  札幌芸術の森 −ダニ・カラヴァンほか


札幌市南区芸術の森 2-75
地下鉄南北線真駒内駅下車、中央バス2番乗り場から「空沼線」「滝野線」で「芸術の森入口」か「芸術の森センター」下車
tel. 011-592-5111
http://www.artpark.or.jp/
美術館の設計は久米設計・日本都市開発設計共同企業体

札幌芸術の森は、「21世紀へ向けた芸術文化都市札幌のシンボル」として3期15年計画で建設が進められた。1986年に一部オープンし、1999年に野外美術館のダニ・カラヴァンの彫刻作品「隠された庭への道」が完成して建設・整備が完了した。
広さ40haの敷地に、<観る><聴く><創る>とくくられる、鑑賞、発表、制作、研修、情報交流の機能を備えた各種芸術施設が点在している。


砂澤ビッキ 4つの風 

屋内展示の芸術の森美術館のほかに、屋外に作品を置く野外美術館があり、その中央部にある。
アイヌ作家砂澤ビッキ(1931-1989)が、表面をノミで削った長さ6メートルの赤エゾ松を4本直立させた作品。
日光や雨や雪にさらされて腐朽が進んでいるが、作品はやがて朽ちていくもの、それでいいと考えていた作家の作品を、何らかの処置をして保存すべきか、美術館の学芸員たちは悩んでいるという。
倒れる危険があるので、周囲にはロープが張り巡らされている。
 



ダニ・カラヴァン 隠された庭への道

野外美術館の最深部にある。
イスラエルの空間造形家ダニ・カラヴァンは、制作する土地の歴史・自然を目に見える形にしてさしだすような作品を世界各地に作っている。
1993年に初めて札幌を訪れてから7年をかけ、1999年に完成させた。
緑の草や木々のなかに、白いコンクリートの造形物が道を指し示すように続いて、隠された庭に導く。


できあがっているのを見るとシンプルな印象を受ける幾何的立体だが、制作には大きな建築的困難があったという。

この作品にはコンクリートのすべての技術が駆使された。非常な精密さで現場打ちされたコンクリート、伝統的または先進的なプレキャスト(工場打ち)コンクリート、。そして世界初の試みとして、円錐は高流動コンクリートという日本の最先端の技術により実現された。

(「札幌 コンクリートからの光 芸術への愛のために」 ジャン=ピエール・オーリー 「隠された庭への道」解説書 札幌芸術の森 1999)

 

有島武郎旧邸

有島武郎:1878−1923年。小説家。東京生れ。札幌農学校卒業。軽井沢で没。
「カインの末裔(えい)」「生まれ出づる悩み」など北海道に取材した作品がある。

「北海道に就(つ)いての印象」というエッセイで、

私は前後12年北海道で過ごした。しかも私の生活としては一番大事と思われる時期を、最初の時は19から23までいた。2度目の時は30から37までいた。それだから私の生活は北海道に於ける自然や生活から影響された点が多いに違いないということを思うのだ。(有島武郎全集第8巻 筑摩書房 1980 初出は「解放」大正10年8月)

とある。

最初の時は、学習院の中等科を卒業して札幌農学校に学ぶ。
2度目は、志願入隊、アメリカ留学、訪欧後、東北帝大農科大学に変わった母校で英語を教えた。
このとき初めに住んだのは林檎(りんご)園の中の借家であり、今は北海道開拓の村に移築、公開されている。

札幌芸術の森に移築されているのは、1913年に永住を決意して新築した家で、有島自身の設計によるといわれる。

マンサード屋根(かまぼこ形の一部が折れ曲がったような屋根)は、大正以後の札幌で流行する早い例だというし、当時としては珍しいサンルーム、水洗式のトイレなどもそなえている。伝声管(船で使うもの)で部屋間の連絡をとったり、集中暖房をしたり、おやこんなことを−という発見がいろいろあって飽きない。

有島は妻の病気のために1915年に札幌を去り、住居は北大大学院生の寮として使われた。
木造2階建て、10の部屋のそれぞれに、有島にちなんだ名前がつけられていたという。1階には、照光、松嶺、遠友、共生、シュヴァネン、ファンー、2階には白樺、星座、泉、残照、小灯など。

北海道の冬となると徹底的に冬だ。凡ての生命が不可能の少し手前まで追ひこめられる程の冬だ。それが春に変ると一時に春になる。草のなかった所に青い草が生える。花のなかった所にあらん限りの花が開く。人は言葉通りに新たに甦って来る。
(前掲)


軽井沢高原文庫には、有島武郎が波多野秋子と情死した別荘「浄月庵」が移築・公開されている。幾度も転居した文学者は珍しくないが、これほど住まいが残っている作家は珍しいと思う。

(軽井沢高原文庫:長野県軽井沢町塩沢湖畔に1985年開館
http://www.karuizawataliesin.com/bunko.htm

有島武郎の長男は映画俳優、森雅之(1911−73)で、北海道・釧路を舞台にした「挽歌」に主演している。
監督・五所平之助 衣装・森英恵 ほかに高峰美枝子 久我美子 石浜朗などが出演。(1957年)
釧路に住む建築家・森雅之と高峰美枝子が夫婦の役。久我美子が建築家と不倫をしながら、やさしいその妻も好きになってしまうという悲劇。
釧路出身の建築家・毛綱毅曠も高木康子の原作を読んでいて、その小説のおかげで建築家という職業の人気が高まったと語っている。 

→ 毛綱毅曠については [ 雌阿寒岳から釧路市立博物館]






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