鎌倉1−源氏山から棟方板画美術館・鎌倉大谷記念美術館


源氏山 は標高96mで、これまでのコースのなかで最低峰!
鎌倉駅の西にあって、桜など花の咲く木が多く、公園になっている。山とはいっても、近くの人が犬を散歩させているくらいで、本気で山を歩く支度なんかしていると気恥ずかしい思いをすることになる。
棟方板画美術館は、棟方志功のアトリエがあった鎌倉山に建てられた美術館。棟方の生前に計画されたが、1975年の没後、1982年に開館した。


 源氏山 
 棟方板画美術館 
 鎌倉大谷記念美術館 
 鎌倉文学館 


各館に駅から直接行く場合の経路は、各館の項を参照。
棟方板画美術館から鎌倉駅に戻りながら寄る場合、各館の最寄りのバス停は次のとおり。
棟方板画美術館 鎌倉文学館 鎌倉大谷記念美術館
旭ケ丘      →海岸通り  →六地蔵          → 鎌倉駅

(棟方板画美術館は離れているが、鎌倉文学館からは寄り道しながら駅まで歩いてもたいした距離ではない。)





 源氏山 


北鎌倉駅 0:00 駅構内の踏切を渡って改札口を出て、鎌倉駅方面に向かう。
*この途中、右手にある浄智寺から葛原ガ岡神社を経て源氏山に行くこともできる。

亀ケ谷坂切り通し
0:10




ふたたび横須賀線の踏切をわたると、上町バス停があり、右側に長寿寺がある。そのわきの道を上がるのが亀ケ谷坂(かめがやつざか)。亀返り坂ともいい、国指定史跡の標識が立っている。道ばたの崖に地蔵があり、昔の人はここで手を合わせて行ったのだろうかと思う。
すぐ急な下りになり、住宅街に入る。

岩船地蔵 0:20



細い道にしたがっていくと、つきあたる角に岩船地蔵堂がある。頼朝の息女天姫の守り本尊。
横須賀線のガ−ドをくぐって海蔵寺に向かうが、寺より手前で標識にしたがって左折する。


化粧坂切り通し



道が行き止まりかと思う先に木々の間をジグザグに上がる坂があって、化粧坂(けわいざか)の切り通し。ごつごつの岩で、マウンテンバイクでも通過は難しそう。
化粧坂のいわれは諸説があって、戦に敗れた北条高時の首に化粧を施したとか、遊郭があったとか、秋の紅葉をたとえたとか。

源氏山 0:33



坂を上がりきると左が源氏山で、公園になっている。源頼朝の大きな像が中央にある。それを囲むように、桜、椿、紫陽花、夾竹桃、楓など。桜の季節は人出でにぎわうという。

銭洗弁天 0:40



少し戻り、坂道を下って銭洗弁天に寄る。
岩山をくりぬいたトンネルをくぐって境内に入る 
薄暗い崖下の銭洗水でお金を洗うと増える−という明快な御利益。香の煙が流れ、いくつも重なる鳥居の列があり、卵をかごにいれてきて奉納する人がいたり、独特の雰囲気がある。

またトンネルを戻って(左の写真)、さらに坂を上がって戻り、大仏ハイキングコ−ス方面に向かう。
住宅が数軒。左に海がちょっとのぞく。
道ばたに細い笹が密集してはえている。三浦半島や伊豆方面を歩くとよくこういうのにあう。


長谷大谷戸 1:00




棟方板画美術館
 1:30
このコ−スでいちばん山道ふうのところ(左の写真)を抜けると、また住宅地にでる。

信号を右折すると長谷大谷戸のバス停があり、その先へ長谷隧道をくぐっていく。
しばらく歩くと右の丘の中腹に八雲神社があるあたりで道が突き当たる。右折してすぐの常盤口バス停の信号を左に曲がって、鎌倉山に上がっていく。ただの車道なので、目や心を楽しませるものがなく、ひたすら歩くだけ。この登りが今日いちばんきつかった。旭ケ丘バス停の先を左に曲がるとすぐに棟方板画美術館に着く。 
*長谷大谷戸からバスを乗り継ぐか、大仏ハイキングコースを大仏まで歩いてしまって、長谷からバスで行くこともできる。


(左の欄の時間は、出発地からの経過時間。休憩時間を除く。 山行:2000年12月中旬。)


鎌倉の切り通し

三方を山で囲まれ、残る一方が海に面した鎌倉は、敵に攻め込まれにくく、幕府が置かれたが、山を抜けるために切り通しが作られた。敵軍が一気に入り込むことがないようにとても狭い。街をつくるための資材は海から運ばれたという。

鎌倉七口が主要なもの−
亀ケ谷坂切り通し、化粧坂切り通し、大仏坂切り通しのほかに、極楽坂切り通し、巨福呂坂切り通し、名越切り通し、朝比奈切り通し。
敵軍の侵入はずっとなかったが、鎌倉幕府崩壊のころ1333年になって、新田義貞が鎌倉攻めで化粧坂切り通しに軍の主力を向け、激戦地になったという歴史がある。

かつて僕は横浜に住んで横須賀に仕事に通っていたことがある。
たとえば雪の朝や、紅葉の時期に、鎌倉の景色を眺めに行った。
そのあとバスで十二所(じゅうにそ)まで行き、朝比奈の切り通しを歩いてから、またバスに乗って金沢八景にでて、京浜急行に乗って仕事に向かうということが幾度かあった。

もうしばらく行っていないが、朝比奈の切り通しは、ごつごつした岩肌に湧き水が流れていて、散り敷いた枯れ葉などがいつも湿っていたように思う。
切り通しは昔を感じさせもし、個人的な感傷を甦らせもする。

銀座生まれの岸田劉生( 1891-1929 ) が切り通しの風景画をかいているが、これは新居を構えた代々木の風景で、小田急線参宮橋駅の近く。
岸田劉生は、その後、神奈川県鵠沼、京都南禅寺を経て、鎌倉長谷に住んでいる。鎌倉の切り通しをかいた作品はあったろうか?



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