入笠山から (旧)富士見高原療養所・富士見町高原のミュージアム



3-2  尾崎喜八   
 ■■■■■ 地図のふちを切らないこと 


山に行くと、更新した新鮮な気分をふたたび汚染させるような、不愉快な人に行き会ってしまうことがある。
度胸だめしや体力自慢のようなこと、多くの山に登っていることなどを、いかにも自慢げに語る人。
100名山を「やっつけている」人。
尾崎喜八には会ったことはないけれど、そういうのとは違う感覚の人だったようだ。

 日本山岳会がその創立何十周年かの記念と、北アルプスに山小屋を建設する基金募集とを兼ねて講演と映画の会を催す。会場にあてられた新聞社の大講堂は満員の盛況である。
(中略)
 それから鉄道省撮影の日本アルプスの映画もあった。山村の前景に盛りの桃の枝が揺れていた。フィルムの廻転が少し速すぎるのか、人夫の列の足の運びが余り小刻みにちょこちょこしていた。しかし春の山だった。残雪や雲が美しかった。人は映画の連中とともにしているこの眼での登山に、くたびれも倦みもしなかった。やがて一つの山頂が占められた。画の中の登山者たちは当然のように、三角点の標石の前に幾らか敬虔な表情で立ってから、足を投げ出して測量部の地図をひろげた。彼らは図を見ては八方を見渡して、山々の名のアイデンティフィケインョンに没頭しているらしかった。その時私の右手二、三人置いた席からこんな呟きがきこえた。
 「なんだ、彼奴(あいつら)あ素人だぜ。地図の縁(ふち)が切ってねえや!」
 私はその声の主を見た。若い学生だった。ああ、私。私もまた多くの「くろうと」のように自分の地図の縁を切っていた。特に切断しなければならない必要をも感じないのに。しかしこの学生の軽蔑の一語を聴いて以来、私は喜んで元来の素人に立ちかえり、断じて地図の四辺を切ることをやめた。
   (『山の絵本』中「山への断片」 岩波文庫 1993(1935) )

「断じてやめた」理由なんか説明しない。とにかくこういうことはイヤなのだ。「ああ、私。」と、いかにもたまらないというように呻いてしまう。
地図の縁を切る人には、こういう感じはわかるものだろうか。
ともかく僕も、そういう「くろうと」感覚にはなじめない。
こういう人となら山を歩くのが楽しいだろうと思う。



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