大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2003



 6  場をつくる

番号は公式ガイドブックとガイドマップのもの。


61 古郡弘 「盆景−U」 十日町

十日町市街から北に向かう。
道から見上げる谷間の高みに土壁の家があった。
細い坂道を上がりながら、古い農家を改造して作品にしているのかと考える。


ところが家の脇を回りこんでみると、家と見えたものは実体がなく、壁だけだった。
泥をぶ厚く積み重ねている。閉じた領域を作っていない壁だが、物質感、重量感はそうとうなもので、背後に気配のある空間を作りだしている。

この数日の雨が残っているのか、泥を積み上げ、固めるための水分が必要だったのか、周囲の泥は水を含んでいる。排水のための溝も掘ってある。
地面には、制作にあたった人たちの足跡が残り、壁にも泥を塗り込めた指の跡が残っている。

壁の上には皮のついた板がかけられ、葉のついた枝がのせられている。
泥と板と葉−これだけの材料で作られた塊が、何かしら懐かしい。僕は子どもの頃、こんな風景の土地に住んでいたわけではないのに、おおもとのところの記憶を刺激されるような感じがする。





99 カサグランデ&リンターラ建築事務所 フィンランド
「ポスト・インダストリアル・メディテーション」 中里
Architect Office Casagrande & Rintala
Post Industrial Meditation

小さな川に沿った低い土手に作品が作られた。


大きな木が点在する土手に、鉄板でゆるやかに区画が作られている。はじめに灰色っぽい小石の領域、次に青い光を帯びたガラス片の狭い領域、それを抜けると白い小石の領域が広がる。

ショベルカーの先端のショベルだけが放置され、壁と同じにさびている。
鉄枠にタイヤがつり下げられ、ブランコになっている。

石が日の光を反射してあたりが独特の明るさを帯びる。
葉を揺るがせて風が吹き抜ける。
自然の風景のなかに工業材料を配置して作られた空間が、違和感を生じるどころか、快い安息を誘う。自然でもあり、人工でもあり、非現実のようにも感じられる不思議な空間。


大地の芸術祭を3泊4日で回ってきて、ほぼいちばん最後にここに来た。そろそろ帰らなくてはならない時間になっているのに、立ち去りがたい思いだった。
この作品は恒久設置されるという。また来る機会もあるだろうと考えて、いつまでもいたい気持ちをようやくふりきった。

(この作家には初めて会ったと思ったのだが、帰ってから確かめたら、「横浜トリエンナーレ2001」、「デメーテル とかち国際現代アート展」(2002年)でも見ていたのだった。まったく印象が違うもので、結びつかなかった。 →[街でひらかれた美術展の記録])




3泊4日で妻有を回った。2000年に続いて今回もとても楽しい移動だった。
十日町から逆時計回りに回って、最後が中里。「盆景−U」がはじめを飾り、「ポスト・インダストリアル・メディテーション」が最後をしめて、とくに印象に残った。移動の都合でそういう巡り合わせになったのだけれど、まるで演出したみたいに、対照的な作品を初めと終わりに見ることになった。
一方は、土と木と葉で郷愁を誘い、もう一方は鉄材やショベルやタイヤを使い、この土地の風景になじみながら、非現実の世界に舞い上がりそうな空間を作っていた。


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