五頭山から水の駅「ビュー福島潟」と、映画「芦沼」を探す旅


第1日

(旧)新津市

(秋葉山)−貯水タンク裏からはるばると五頭山を眺める
新潟市新津美術館−走り続けるカラシ色の美術館
中野邸美術館−石油を掘りあてた男
石油の世界館−かつて越後平野には油田があった
北方文化博物館−越後平野の大地主の軌跡

(旧)豊栄市
豊栄博物館映画「芦沼」の短縮版を見る
豊栄図書館−安藤忠雄設計の建築の前をうかつにも素通りする
新潟県立環境と人間のふれあい館−新潟水俣病の記憶
水の駅「ビュー福島潟」光あふれるらせん形の塔を心ときめかせて昇る
(菱風荘)素泊まり3000円の宿で、水につかってする米作りを実際にしていた人に出会う

第2日

五頭山−越後平野から日本海・佐渡まで広がる大展望の山に登る

亀田郷
(亀田駅・亀田町役場(旧))−時は流れる
亀田郷土地改良区映画「芦沼」の制作の様子を聞く
亀田郷土資料館ついに映画「芦沼」全編を見る



司馬遼太郎 「街道をゆく」
の「潟のみち」に、司馬が潟地方の米作りの映画を見て衝撃をうけたことが書かれている。

 亀田郷では、昭和三十年ごろまで、淡水の潟にわずかな土をほうりこんで苗を植え(というより浮かせ)、田植えの作業には背まで水に浸かりながら背泳のような姿勢でやり、体が冷えると上へあがって桶の湯に手をつけ、手があたたまると再び水に入るという作業をやっていたことを知った。
 映画を見了えたとき、しばらくぼう然とした。食を得るというただ一つの目的のためにこれほどはげしく肉体をいじめる作業というのは、さらにはそれを生涯くりかえすという生産は、世界でも類がないのではないか。
(司馬遼太郎 「街道をゆく 9 信州佐久平みち、潟のみちほか」 朝日新聞社 1979)

この映画のことがずっと気にかかっていて、どこかでみられるはずだと、越後に行き、新津−豊栄−亀田方面を歩き、その一帯を見下ろす五頭山(ごずさん)に登った記録です。

*司馬遼太郎記念館が安藤忠雄設計で東大阪市に2001.11.1開館。
  http://www.shibazaidan.or.jp/index.html

* → [ 牛久沼から小川芋銭記念館 ]

水の駅「ビュー福島潟」。後方右手に五頭山。 新津美術館。



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