五頭山から水の駅「ビュー福島潟」と、映画「芦沼」を探す旅
/亀田郷土資料館


(旧)亀田の3 亀田郷土資料館  −ついに映画「芦沼」全編を見る


新潟県新潟市新明町1−2−3
tel. 025−382−1157
http://www.city.niigata.niigata.jp/info/kameda/gakusyu/museum/shiryoukan.html

昼近くなったので、コンビニでとろろそばを買って食べる。
(厳しい暮らしの往事をしのんで?、この日は、これきりお金をつかわない、つましい生活をしてしまった。あとは役場と、帰り道に高速道路のサービスエリアで無料のお茶を飲んだだけ。)

旧市街に戻ると、亀田小学校のあたりは道が狭く、曲がっている。
旧役場の建物の一角に郷土資料館はあった。
入館無料。冷房がなさそうなので、土地改良区で見て来なかったことをチラっと後悔する。時間をかけてビデオを見るにはつらそうなので、車に戻って靴と靴下を脱ぎ、サンダルにはきかえ、扇子をもって戻る。
事務室を訪ね、映画を見たくて来たことを話すと、3階の広い部屋に案内された。かつて役場がここにあったときは議会がここで開かれたという。
旧議事堂は学校の教室1つ半くらいの広さの部屋で、窓際に置かれたビデオの前に、ポツンと1つだけ折り畳み椅子をだして、1人で見た。
冷房が入る。(よかった。)
ようやく「芦沼」全編を見るところまでたどり着いて、おまけに旧役場の旧議会の部屋なんて、なんだか演出じみているほどだ。


映画はもちろん白黒。40分くらい。
すでに豊栄博物館で短縮版を見たときに、司馬遼太郎の文章を読んで勝手な思い違いをしていたことに気がついた。
  田植えの作業には背まで水に浸かりながら背泳の
  ような姿勢でやり、

という文章から連想したのは−苦労して生活していた人たちの記録を見て、フィクションのSFを連想するのは失礼な気がするのだが−ケビン・コスナー主演のSF映画「ウォーター・ワールド」と、椎名誠のSF小説「水域」で、すっかり水に覆われた地球で暮らす人のイメージだった。
あるいは建築家・原広司の「集落の教え100」の[17飛び火現象] [21物語] [31浮力] で紹介されている、アンデスのチチカカ湖の浮島の集落と、チグリス・ユーフラテス下流の家族島の集落。いずれも芦で作った家を水に浮かせ、カヌーで行き来している。

つまり、完全に水中を泳いでするような作業を思ってしまったのだが、実際は、泥沼に体を沈ませながらするものだった。
1束植えると、泥から気持ち片足を上げるようにしながらうしろに移動して、次の束を植える。ほとんど水に近いような土だから、きっかりと植えた感覚がないような、あいまいな田植えである。
菱風荘の石田さんも、近くで作業している人が水面を叩けば、こちらまでタプタプと水面が揺れて振動が伝わってくるのだと話されていた。
ふつうの田でも、腰を曲げてする作業はたいへんに違いないが、ここの1歩進む(正確には戻る)ごとにひどく体力を要する作業に比べれば、まだしもかと感じられる。
これだけ苦労して植えても、味は劣り、収量は少なく、しかも秋の収穫前に台風が来て大雨が降れば稲は流されてしまったという。

少しでも土地を固定したものにするために、他から土を運び込む客土の作業。
船で運んできた土をスコップのようなもので水中に投げ込むのだが、洪水があればまた流されてしまうので、何度も石を運び上げるシジュホスの神話のような繰り返しになる。
田ごと流されないように、田を固定した木に綱でつなぎとめることもする。
豊栄市博物館での短縮版と違って、歴史的背景、生活の細部なども説明されていて、見応えがあった。

他に2本、NHKで放送された司馬遼太郎「街道をゆく」の録画、「芦沼」の続編にあたる、現在の土地改良区の取り組みを紹介するものも見ることができた。
ビデオを見ている途中から三村哲司館長が来られて、なおわからないことについて教えていただくこともできた。
資料館には、海岸線に並行して東西方向に数列の砂丘があり、「山」のつく地名が並び、家並みも砂丘に沿っているのがわかる、亀田郷の古い地図もあった。
2階の民具や、地下の農具の収蔵も見せていただいた。

帰り道は亀田ICから北陸自動車道に入る。右手の間近にサッカースタジアムがあり、天寿園も近いが、今日は寄らずに帰る。

「水に浸かって田植えをする」というイメージにとりつかれて、とにかく来てしまったのだが、あちこちで見たり、話を伺ったりしているうちに、地形のこと、歴史のこと、社会のこと、今の乾いた土地を保っているシステムのことなど、だいぶわかってきた。
それでもわからなかったことは、亀田郷土地改良区で発行した「まんが亀田郷の歴史」という本で知ることができた。
土地改良区でお会いした藤倉さんがプロデューサーで、資料館の三村館長も監修に関わっている。
亀田郷の特異な土地の発生から現代まで、要領よくまとめてあって、たいへん参考になった。とくに信濃川、阿賀野川、鳥屋野潟などの水の流れが時代とともに変わっていく様子は、この漫画でようやく通して理解することができた。

宿で、土地改良区で、資料館で、思いがけず、願ってもない方たちにお会いできて、ほんとうに幸運な旅だった。
それでも、まだ、「水に浸かって田植えをする」ような土地があり、暮らしがあったということが、もうひとつ実感的に理解できないもどかしさが残る。当時の暮らしぶりが伝わるような、土地の一部、家の一軒でもそっくり残っていたらという気がする。
もちろん、そういうもどかしさを埋めるために、芦沼館を整備したり、映画を新たに作ったり、資料館で研究や展示をする努力が行われているわけだ。

司馬遼太郎が「潟のみち」を最初に週間朝日に掲載したのは1976年だった。
その文章に誘われて、それから四半世紀も経て出かけてきたのだが、映画を見るだけでなく、「潟のみち」に書かれた歴史を生きた人、その歴史を引き受けて活動されている人にお会いできて、充実した楽しい旅であった。

司馬遼太郎 「街道をゆく9 信州佐久平みち 潟のみちほか」 朝日文芸文庫 1979
亀田郷土地改良区 「まんが亀田郷の歴史」 1998
原広司 「集落の教え100」 彰国社 1998
椎名誠 「水域」 講談社 1990


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