角田山から新潟市のミュージアム ・ 3 美術

 
敦井美術館

新潟市東大通1−2−23
tel.025−247−3311
http://www.tsurui.co.jp/artinfo.htm


事業家敦井栄吉のコレクション。近代の日本画、洋画、工芸品など。
とくに富本憲吉板谷波山加茂田章二森陶岳など、陶芸品が充実していて、主な作家の初期から晩年までの流れを追えるくらいに所蔵している。

ビジネスホテルの交通案内みたいに駅から近い。
高いビルの1階にあり、入口を入るとロビ−と展示室が見渡せてしまう。コレクションの質・量に比べて小さすぎる美術館だが、それだけ密度があり、何度も通わなくてはと思わせられる。(でも、駅からは近いけれど、駅までが僕にはちょっと遠い。)



新潟市美術館

新潟市西大畑町5191-9
tel. 025-223-1622 
http://www.city.niigata.niigata.jp/info/museum/


設計:前川国男1985(その後、常設展示室を増築)

県立美術館が県都でない都市にあるのは珍しく、新潟県立近代美術館は早くから美術館を有した由緒ある長岡市にあり、新潟市では、この市美術館が奮闘していて、いい企画展も開催している。
 







会津八一記念館

新潟市西船見町5932−561
tel.025−222−7612


歌人・書家の会津八一の記念館。
会津八一は、1881年8月1日に新潟市古町通で生まれ、新潟の有恒学舎や、早稲田大学で教えた。
学生に好んで書いて与えた「学規(がくき)」というものがある。

一、ふかくこの生を愛すべし
一、かへりみて己を知るべし
一、学芸を以て性を養ふべし
一、日々新面目あるべし

心したい。



北方文化博物館新潟分館

新潟市南浜通2−562
tel.025−222−2262
http://www6.ocn.ne.jp/~ncm/bunkan/bunkan.htm


1895年の建築。
新潟出身の歌人・書家・美術史家、会津八一が1946年から亡くなる1956年まで住んで、1階は書斎と応接室、 2階は寝室として使用されていた。
現在は会津八一の作品と良寛の書を展示している。

家は複雑な形と間取りをしていて、あちらに行き、こちらに行き、2階に上がり、下に降り、ゆらゆら歩いていると、またそれぞれの場所が違った角度から眺められたりする。非常に大きな家というのではないが、歩きがいがある。精神の探求とはこういうもの、「あることについて考えるということはこのようにするのだ」という教えを住む人に与える家だと思えてくる。
庭を歩いていて、まわりのことがよくわかっていない、とても幼い頃、こんな庭で遊んだことがあるような懐かしさをそそられた。



雪梁舎

新潟市山田451
(新潟ふるさと村の国道8号線向かい側)
tel.025−377−1888
http://www.komeri.bit.or.jp/japanese/links/setsuryosha/top.html


大きな「道の駅」新潟ふるさと村とは、国道8号をはさんで向かい側(正確には交差点のはす向かいの位置)。 新潟ふるさと村のように大きくはないが、静かに楽しめる。

焼鮒公園」とかかれた門をくぐって庭に入る。
鳥屋野潟に一時暮らした親鸞にまつわる越後七不思議というのがあって、焼鮒はそのひとつ。赦免を受けて都に立つ別れの宴で、信徒から献上された焼いた鮒を池に放すと、鮒は生き返って泳ぎだしたという。
展示棟では、1階右手にマイセン。1階の奥の畳の部屋で特別展。2階に上がるとシャガール作品ばかりを展示した部屋がある。別の階段を上がった2階は友の会の部屋で、畳にざぶとんが置かれ、なごんだ雰囲気で交流できそうな用意がされている。

コレクター・理事長の捧(ささげ)賢一氏は、たくさんの店舗をもつスーパーマーケット「コメリ」の経営者。コメリは白根市に本社があり、名称は前身の「米利商店」からきている。
捧氏の美術に関する相談役が多摩美術大学で教えている縁で、多摩美版画科の卒業制作を毎年、展示、収蔵していくという。こういう地道なことの継続が、やがて大きな蓄積になる。


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