角田山から新潟市のミュージアム 
7-1笹川邸+曽我・平澤記念館


笹川邸 曽我・平澤記念館

新潟県新潟市味方216(笹川邸) 213(曽我・平澤記念館)
tel.笹川邸 025−372−3006 
  曽我・平澤記念館 025−373−6600
http://www.city.niigata.niigata.jp/info/ajikata/gaiyou/kankou2.html



笹川邸 :

江戸時代、旧村上藩の大庄屋の屋敷。8村の庄屋を治める権力の大きさと、蒲原穀倉地帯の豊かさを伝える。
1945年にここを訪れた高浜虚子の句−
椎落葉掃き悠久の人住めり


かやぶき屋根の堂々とした表門を入ると、庭の先に主屋がある。表座敷−居室部−奥土蔵と奥が深い。
表座敷はきっかりと作られ、格調高い。

居室では、主要な棟と、西に張り出した仏間・新奥・次の間などは、柱は細く、壁は薄く、人の住む家としてたよりなく感じるくらい、とても繊細なつくりになっている。障子を透過して光が入り、明るく、外とほとんど一体になっている。


一方、勝手や仲の間あたりでは、太いゴロッとした梁が何本も天井を渡っていて、骨太でごつい。天井は高く、室内は暗く、外と隔絶している。
ひとつの建物のなかの見事な対比。
そして、それらの部分を構成するいくつもの矩形がとても美しい。障子、雨戸、柱で分割される白い壁。
屋根には斜線が加わって、静かな抽象美術、上質なモノクロ写真のような味わいがある。




欄間の意匠がひととおりでないのも面白かった。四角に線を組み合わせた模様は、襖の紙にも描かれ、床の間の壁にも描かれている。

蔵がいくつも並ぶ間を通り抜けて曽我・平澤記念館に向かう。



曽我・平澤記念館

設計は香山壽夫(1991年)
(旧)味方村出身の2人の偉人の功績をたたえて作られた記念館。
曽我量深は、浄土真宗の仏者で、大谷大学学長等を歴任、生涯を信仰と独自の学風の確立に努めた。
平澤興は、脳神経解剖学の世界的権威で、京都大学総長等を歴任した。

鉄筋コンクリート造・木造2階建の建物は明快なつくりになっている。
1階に2人の偉人それぞれの記念室。空間の区切りはアーチで、柔らかい雰囲気をつくっている。
2階に企画展示室。
展示室は、すべてピカピカした材料、仕上げだが、光る塗料を塗られていない、つや消しのような木でできた階段を上がっていくと展望台がある。
庭と回廊が2つの弧を描いているのを見下ろす。

小さくて簡素ななかに、適度な変化がある。偉い人の記念館といっても、重苦しい感じでなくて、なかなかいごこちがよかった。








記念館を出て、土手に上がってみると、レールが途中で切れていた。新潟交通の電車が、最も長い時には、新潟市内の白山前(県庁前)からまで走っていたが、1999年4月5日に廃止になった。
(写真:左に笹川邸 右には道路の先に中ノ口川が流れていて、対岸は白根市)

TOP / このコースのはじめ=目次に戻る / 次へ