武甲山からやまと−あ−とみゅ−じあむ+長瀞綜合博物館



武甲山は1295m。秩父市街地の南にある。元はかぶとの形をした名山だったが、石灰岩の採掘のため、山の形が変わってしまった。
やまと−あ−とみゅ−じあむは、武甲山の北の麓、羊山公園の中にある。棟方志功とその関連する作家の作品を集めている。個人のコレクションだが、収集の方針が一貫していて、見応えのある美術館である。
         (写真:桜が満開の羊山公園から武甲山を望む



武甲山にはずいぶん前に登った..

 高校生の頃だったか、大学に入ったばかりだったかに、友人2人と武甲山に登ったことがあった。どういうコ−スを登ったか覚えていないが、登り一辺倒のかなりきつい登りだった。受験勉強のために体力が落ちていたこともあってか、僕はとてもへばってしまった。そこで友人たちが励ましていうには「山頂まで行けば向こう側に降りるロ−プウエイがある!」
 半信半疑ながら、とにかくそれならば上がりさえすれば、後は楽に降りられる−という一念で何とか山頂にたどりついた。ところが、ロ−プウエイなんてない。やっぱり騙された、という気もしたのだけど、下りは問題なく降りられたし、おかげで山頂まで歩けてよかった。

 石灰岩でできている不幸で、セメントの材料にするため、山は削られ続け、風格のある山の形はすっかり変わってしまった。
 武甲山に登ったときの街の様子は覚えていないのだが、数年前に秩父に行ったとき、歴史・伝統のあるところなのに、成熟していない、凡庸な風景に驚いたことがある。
 日本の都市はどこでも同じようなものともいえるから、期待が大きすぎただけで、他の街と比べてとくに劣っているというのではないが、その歴史と伝統からすれば、もっと美しい街になれるはずなのにと残念に思う。
武甲山の姿が変わってしまったことが影響しているのだろうかという気がした。

 山頂の形は変わってしまっても、まだ登山道はあって登ることはできるのに、何となく足が向かないのだが、近いうちに行ってみよう..

*その行ってみた記録は [武甲山から武甲山資料館] に。




やまと−あ−とみゅ−じあむと長瀞綜合博物館



やまと−あ−とみゅ−じあむ
 
 埼玉県秩父市大宮坂氷6175(羊山公園内)
   西武秩父線: 横瀬駅か西武秩父駅(徒歩15分)
   秩父鉄道  : 秩父駅(徒歩20分)
            お花畑駅(徒歩15分)

 開館時間 10−16
 休館 : 火曜  年末・年始  展示替期間
 tel. 0494−22−8822

なぜ「やまと」でなく、「やまと−」なのだろう?
というと、コレクタ−の屋号が「やまじゅう」。[傘]という文字の中の人4つを取り除いた形をかく。これに「やまと」をかけて「やまと−」にしている。

もとは父子2代のコレクション。父は棟方志功。子は鈴木信太郎のファン。
別々の好みでコレクションしていたのだが、後に鈴木信太郎の荻窪の旧宅を棟方が購入して住むというつながりができたという。
財団にして美術館として公開後、棟方志功を中心に、棟方と親しかった濱田庄司島岡達三などの陶芸、熊谷守一の絵画などを所蔵・展示している。

羊山公園の丘陵地の斜面を利用して建てられた美術館は森の木立の中にある。 大きなガラス張りの休憩室からは、武甲山の(元)雄姿を間近にのぞむことができる。
コレクションに比べて十分な広さの展示室ではないので、展示替えをしながら見せている。秩父方面の山歩きに行った折りには、繰り返し訪れたい美術館である。


* 棟方志功については、このサイトの [棟方志功をめぐる旅] をごらんください


長瀞綜合博物館

 埼玉県秩父郡長瀞町本野上424
   秩父鉄道: 野上駅 徒歩12分
           長瀞駅 徒歩25分

 開館時間 9−16:30
 休館 : 月曜  12/29−1/3
 tel. 0494−66−0075


長瀞綜合博物館は、名前の印象からすると新しく豪華な博物館を予想してしまいがちだが、実は古くさい建物。(実際、何だこれは!とあっけにとられて、入って5分もしないうちに展示室から出てくる人もいるとのこと)
建物は古いし、展示室の木製のガラスケースのガラスは一部なくなっているし、その隙間から入り込んだほこりがかなりの厚さになっている。展示品の解説も古いままで黄ばんでいる。
あまりに独創的な研究をして世間に受け容れられない変わり者の学者が、汚い白衣を着て、ぼさぼさの髪をかきむしりながら研究を続けているーというようなシチュエーションがぴったり似合いそう。
徳富蘇峰が汲古館と命名したが、旅館に間違われるので昭和32年現在の名前に変更したということだが、汲古館のほうがイメージとしてはあっている。
(写真:大きな石の並べられた庭から木造の博物館をのぞむ)


展示品はまさに「玉石混淆」という言葉の実例になると思えるほど。石器、土器、埴輪、鎧(よろい)などの武具、仏像・仏具、石、化石など、分野を限った収集方針がないし、レベルもさまざま。石や化石については、専門家の意見では、どこで、どういう状態から採取したという基礎デ−タがないので、学術的には意味がないという。
もちろん「玉」も多くあって、鏡のまわりに10個の鈴を飾った十鈴鏡は国の重要文化財、鬼の表情の古瓦や笑う埴輪は県指定文化財になってる。鏡のほうは奈良橿原博物館の展示に貸し出したときにはポスタ−に大きく写真が使われたほど。
「すごい茶道具がある」と驚いた人もいたという。


なかで面白いのが奇石のコレクション。石の形や模様から何かに見立てるもので、僕はこういうのをここで初めて見た。趣味の集まりとか、マ−ケットなどもあるのかもしれない。
いくつかタイトルをあげてみる。
   雷鳥 みみずく 滝 松・梅・竹  槍ケ嶽
−このへんは何だかありそうな、見当がつきそうなものだが、
   日本列島 五輪マーク 御来光 御挨拶 
−となると、けっこうトんでくるし、
    ソクラテス 春の富士山 夏の筑波山 野菜籠
−思わず笑えた。野菜籠というのは、野菜の籠というより、野菜の盛り合わせ!

ここにあげたのは、まだほんの一部で、ほとんど1室埋まるくらいの数で、手の平にのるくらいの大きさのもあるし、持ち上げるのがたいへんそうなものまである。
見立ての想像力がすごいし、川原や山の中でこういうのを探して歩く眼とか、執着とかもすごい。
こんなおかしい展示品があるのにどうして5分で出てきてしまう人がいるのだろう?と不思議になるくらい。


幅広い収集だが、個人の集めたもので、地元の落合眼科病院2代塩谷覚三郎の60年にわたる成果だという。
入口の手前に博物館の開館にあわせて1957年に建立の「悲願白内障開眼五千人碑」という碑がある。白内障を病む人5000人を治療して視力を回復させてあげたいという決意の碑。結局5000人は達成できなかったらしいが、碑とその周辺のモニュメントの制作に関わった人がまた並ではないことが碑に記されている。
 鋳金家・香取秀眞 彫塑家・北村西望 彫刻家・平櫛田中
 俳人・高濱虚子  陶磁工芸家・板谷波山


長瀞綜合博物館は、博物館としては、空調や地震対策など、貴重な所蔵品の管理上、不十分なところだが、興味のあるものは何でも所有してしまおうというコレクタ−の意志を感じさせる。
やまとーあーとミュージアム(写真=右)は、1人の版画家に的を絞ったうえで関連する作家たちの作品を集めた洗練されたコレクションで、展示施設としてもきれいに整えている。見比べてみると面白い。

ワイエスに会いに行ってしまったコレクターの加藤近代美術館、前史は大正時代の個人コレクションまでさかのぼる埼玉県立自然史博物館と、秩父路には、コレクションのありかたとか、展示のしかたとか、いろいろ考えさせられるミュージアムが揃っている。

  [宝登山から埼玉県立自然史博物館]
  [秩父御岳山から加藤近代美術館]



他の美術館
埼玉県立自然史博物館のホ−ムペ−ジ内に秩父地域の博物館・美術館ガイドがある。

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