宝登山から埼玉県立自然の博物館



コレクションについてのいくつかのこと 


1 パレオパラドキシアをめぐる人と時間


博物館の展示室中央のメインストリートに、パレオパラドキシアの発掘された骨と、足りない部分を補って復元制作された3体の全身像がある。
パレオパラドキシアは、1500万年前ころ、秩父の山すそまで海が広がり、秩父盆地が入江であった時代に、カバのような体型をして、海辺で海草や貝などを食べていたと考えられている。
この化石は、カリフォルニアで発見された奥歯を基に命名されている。その形が現在のジュゴンにも似ているし、ゾウの祖先にも似ていることから、パレオ(昔の)・パラドキシア(矛盾した=パラドックス)とされた。
埼玉県内では、秩父市大野原の荒川右岸で1975年に最初の発見があり、次の発見は1981年で、小鹿野町般若のセメント採石場であった。

最初の発見者は、1975年、堀口勉さんという、当時、秩父農工高等学校の高校生だった。
現場は、秩父市大野原の荒川右岸の高い崖の斜面であり、ここから岩に埋もれた状態の化石を取り出すのは簡単な作業ではなく、足場を組み、機械で運搬し、そのための人手も要する、つまり大きな経費のかかる作業であった。
自然史博物館の坂本治学芸員は、県立に移管する前の、当時は秩父鉄道が経営する秩父自然科学博物館に勤務していた。
この頃、この化石の価値を理解する人がなかなか得られないので、坂本学芸員は個人で資金を調達して発掘に着手した。その後、秩父鉄道が理解を示して発掘を進めることができて、パレオパラドキシアの骨の埋もれた岩を運び出し、そこから化石部分を掘り出すクリーニングを続けたのだった。








その後、秩父自然科学博物館の資料が県に寄贈され、その土地に埼玉県立自然史博物館が建てられて、パレオパラドキシアは主要な展示物の1つになっている。
秩父鉄道は週末や夏休みに観光用にSLを運行しているが、敬意を表したというか、運命的な成り行きとでもいうか、パレオエクスプレスと名づけている。

1981年に発見した坂本道夫さんは、秩父セメント株式会社(当時)の子会社で、ブルドーザーなどの土木工事用重機を操作して、セメントの原料を採掘する仕事をしていた。リッパーという2.5mほどの鉄の爪で岩を引っ張って崩し、重機で踏みつぶし、それでも残った大きな岩はブレーカーで叩いて砕く。
坂本さんは、それ以前から石や化石に関心があって、家族で化石採集に熱中していた。
パレオパラドキシアを発見した日は、いつものように作業をしていて、リッパーを泥岩に押し込んで崩すと、灰色の割れ目に茶褐色の模様が見えた。今まで何度も化石ではないかと期待しながら裏切られてきたのだが、今度は間違いなさそうだと、採集して自然史博物館の坂本治学芸員に見てもらったところ、パレオパラドキシアだといわれた。同席した妻が「顔色が変わった」というほどに興奮したという。

坂本道夫さんは、2年後の1988年には、同じ場所で作業中に、新種「チチブサワラ」も発見している。
関心をもち、知識を蓄積した人の前に、1500万年という時間ををこえた巡り合わせが2度もやってきた。
パレオパラドキシアが埋もれ、チチブサワラが埋もれていた場所を作業していたのが、坂本さんでなければ、これらの貴重な化石は粉々になってセメントに変じ、どこかのビルの壁にでもなっていたかもしれない。
また、作業場内にそれほど価値があるものが埋もれていることを明らかにすることを辞さなかった会社の姿勢も、博物館のコレクションの形成と、大きくいえば学問の進展、文化の発展に貢献している。


参考:
「本当に驚きました−パレオパラドキシアとチチブサワラの化石を発見して−」 坂本道夫 埼玉県立自然史博物館友の会会報みんなの自然史23号 1995
「2つのパレオ」 加藤定男 同16号 1992
「新種チチブサワラの化石発見」 坂本治 埼玉県立自然史博物館自然史だより26号 1995
「化石発掘から15年 公園に復元された古生物」 坂本治 自然史だより31号 1996
「秩父盆地で発見された中新世のサワラ属魚類化石」 上野輝彌 坂本治 埼玉県立自然史博物館研究報告 第3号 1985
「秩父盆地産パレオパラドキシア骨格化石の産出について」 坂本治 埼玉県立自然史博物館研究報告 第1号 1983
[三室山から吉川英治記念館 4.谷口吉郎+秩父セメント第2工場の夢]

「自然史だより」の文章は、埼玉県立自然の博物館のホームページの「自然史だよりweb版」 に全文が掲載されている。


SLの運行日には、沿線で小さな子が手を振っていたり、ここというポイントではたくさんの三脚とカメラが待ちかまえていたりする。

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