青木繁をめぐる旅


1850 1900 1950        2000

1866
黒田清輝
1924        
1881             小杉未醒  1964
1882 青木繁 1910            
1885             福田たね  1968


1 青木繁  
1882年、福岡県久留米市に生まれる。
1899年、17歳で上京。このとき島崎藤村「若菜集」をもっていったといわれる。ヨ−ロッパの世紀末芸術に通じる浪漫的傾向をもともともっていた。
小山正太郎の主宰する不同舎に入門。

1900年東京美術学校西洋画科選科に入学し、黒田清輝らの指導をうける。同期に熊谷守一、和田三造など。

在学中の1903年、白馬会第8回展に「黄泉比良坂」などの神話画稿10数点を出品し、その作品の中にある理想主義的なところを認められ、その年から設けられた白馬会賞を受賞して、華々しくデビュ−した。

1904年、東京美術学校を卒業。坂本繁二郎、森田恒友、福田たねらと房州(千葉県)布良ですごし、このとき「海の幸」など、海を題材にした作品を制作した。

1906年冬から福田たねの実家(栃木県水橋村)に滞在した青木は、「わだつみのいろこの宮」をかきあげ、作品を持って上京し、1907年3月東京府勧業博覧会に出品した。
青木の大きな期待に反し、3等末席であった。白馬会受賞と、「海の幸」が好評を得たあとは全く認められなかった。

8月には父危篤のため久留米に戻ったが、家族と衝突して放浪生活に入り、福岡、佐賀を転々とする。

1910年に喀血し入院。1911年死去。28歳。


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