アンドリュ−・ワイエスをめぐる旅


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あの世へ−Dr.スランプの魅力       
 この世界に生きているのは、楽しいこともあるけれど、一面でうっとうしい。あれこれのしがらみや決まりと縁のない、別の世界で暮らすことができたら気楽でいいだろうと思う。それで、SFの小説や映画など、非現実的な世界を表現したものに僕はひかれる。
 絵画の分野では超現実主義というのがあるが、1点ごとに違う世界を描いているので、ある広がりをもった、確かにそういう世界があると感じさせるものはほとんどない。画家のいわば頭の中は描かれているが、頭の外に世界があるようには見えてこない。わずかにダリの作品が、遠くの水平線まで見晴るかす景色が多く描かれていて、ああ、ダリの世界!ということをかなり見せてはくれる。

 しかし、何といっても別の世界を存在させる第1は鳥山明「Dr.スランプ」である。南の島を思わせるような明るい太陽、乾いた空気、カラフルな街の様子。ふだん暮らしているこの世界のうっとうしさを忘れさせてくれる。警察があってパトカ−が走り回り、学校では山吹みどり先生が教えていて、現実の制度を引きずっているけれど、実際の現実とはずれている。むしろそうしたずれた制度があるからこそ、他にもいくらでもある非現実的アニメの世界から際だって別の世界を感じさせるのかもしれない。
 ペンギン村の家や店が確かにあり、その道を歩いていると、あかねちゃんやピ−スケに出会いそうな気がする。



ワイエスのリアリズム
 ワイエスは僕にとってはDr.スランプと同じである。ワイエスの描く世界は、ワイエスが描いたとおりに実在する、と感じる。この世界をワイエスがワイエス流に翻訳して、独特の構図や色調やタッチで表現したのではない。ワイエスが描いたとおりに褐色の草に覆われた傾いた大地があり、そこにカ−ナ−の農場やオルソンの住んだ家がある。
 絵をかく人は大勢いるし、そのうちのある程度の人たちは独自の世界をつくっているといえる。ただ、その独自性は、それぞれの画家がどう現実を表現したかという独自性であって、描かれた世界が実際にそのまま存在するかのように感じさせるのは鳥山明のDr.スランプとワイエスの他にはない。
 ただ、両者の世界の気分はとても違っていて、ペンギン村は、陽気で、はちゃめちゃで、騒がしい。ワイエスの世界は、孤独で、静か。(それでいて見つめる主体にはあつい熱がたまっている。)
 僕はどちらにも惹かれる。



 ワイエスの父と子
 父N.C.ワイエスは、アンドリュ−の生まれた頃にはアメリでもっとも有名な挿絵画家だったが、偉大な芸術家ではなく一介の挿絵画家にすぎないという劣等感ももっていた。
 アンドリュ−・ワイエスにとって、その父は大きな存在であり、絵の手ほどきも受けた。
 アンドリュ−の画才は早くから認められ、大衆的人気もあった。アメリカの風景を描くノスタルジ−として人気をえたのだが、一方、「ただのリアリズム」「イラストにすぎない」として価値を認めない批評家もあった。
 ただの挿絵画家にすぎないと悩んだ父と、ただ現実の風景を写しているだけと誤解されつづけていると感じている子...
 「ワイエスは自分のことを、実在するものを通して感情を表現する抽象主義の画家だと考えている−描かずにいたら気が変になってしまいそうな、それほど強烈な感情を表現するのだ。」(リチャ−ド・メリマン「アンドリュ−・ワイエス」)


ワイエスの展覧会            

 日本でワイエスを初めて紹介する展覧会が開かれたのは1974年春の東京国立近代美術館京都国立近代美術館でのワイエス展である。僕はこのとき、とても素敵な女性と見にいった忘れられない思い出がある。
(ついでに余談だけれど、そのあとまもなくNHKの日曜美術館でこの展覧会が取り上げられたのだが、当時「刑事コロンボ」がとても面白かった頃で、放送時間が重なり、どちらを見ようか迷ったものだった)。
 78年には東京・札幌・神戸の三越で、88年には世田谷美術館で開催。
 妻にも知られずに15年間も制作を続けていた「ヘルガ」のシリ−ズが公表されて開かれた90年の展覧会は、1月のセゾン美術館に始まり、埼玉県立近代美術館で12月に終了するまで、全国を巡回した。
 95年には愛知県美術館、Bunkamuraザ・ミュ−ジアム、福島県立美術館を巡回する展覧会が開かれた。このうち愛知県美術館と福島県立美術館はワイエスの作品を所蔵している。

 さて、一般にワイエスの日本での最初の展覧会は,この文のはじめに書いたように、1974年といわれるが、その74年の展覧会の図録に、それより前にワイエスの展覧会があったことが書かれている。見に行きたかった!とじつにそそられる文章で、古い展覧会の図録は簡単には手にできないと思うので、その展覧会に関する箇所をかなり長くなるが引用する。
 
1969年の夏に,長岡現代美術館は「ボッチオーニとワイエス」という展覧会を開いた。同館ではこの年ボッ チオーニの「人物とテーブル」(1914年作)と,ワイエスの「薄氷」(1969年作)二点を購入し,この披露 という意味であった。まるで時代もスタイルも全く違った二点だけの展覧会ということで,取合わせの妙に 興味をひかれたが,その展示がまた変っていた。ギャラリーはそう広いものではないが,作品を全部とり払 い,たった二点だけむかいあった璧にかけ,照明をおとして暗くし,ただスタンドー本づつを傍にポツンと 立てて,画面を照射しているだけであった。私は頼まれて,展覧会のバンフレットに,ボッチオーニの方の 解説を書いていただけに,はじめはそのダイナミックな作品の激しさをたしかめるようにながめていた。ほ とんど観覧者はいなかったように思うが,暗いパントマイムのような沈黙と空白がギャラリーの中にただよ っていて,私は次第に「薄氷」の方の静けさにひきこまれていったようである。枯葉が一杯埋まった池に, 薄氷がうっすらとはってきたところである。私は思わずボッチオーニに背をむけて腰をおろして見ているう ちに,絵の中の森羅万象がギャラリーの沈黙の中に冷えこんできて,シンが寒くなってくるようであった。 そして薄氷がパチンと割れて,もののけがうごめくのを覚えたが,その時,私はリアリズムの中にあるワイ エスを知ったと思ったのである。   (本間正義東京国立近代美術館次長)
 

 長岡現代美術館は現存しないが、その役割を引き継いだ新潟県立近代美術館が同じ長岡市内にある。ただし「薄氷」は現在、どこにあるかわからない。(1974年の東京国立近代美術館のワイエス展に出品されていて、図録に写真があるので、写真でならかろうじて見ることができる。) なお、本間正義氏は、90年のヘルガ展の図録の監修にもあたり、また、埼玉県秩父市の加藤近代美術館はワイエス作品を所蔵・展示しているが、その開館にあたっての作品図録にも文章を寄せている。

 鳥山明の展覧会が93年暮れから95年夏にかけて全国8会場で開催された。僕は95年春の東京で、今はなき三越美術館でみた。初日のレセプションの招待客はほとんどス−ツにネクタイだったが、作家本人はフ−ドつきのトレ−ナ−で、今にも走り出しそうな雰囲気だった。アラレちゃんのようでも、ドラゴンボ−ルのようでもない、穏やかな、感じのいい人だった。
 展覧会としては予想を越える内容はなかった。建物のなかの展覧会ではなく、ほんものを作ってしまえるといい。ディズニ−ランドにはもう飽きたけれど、ペンギン村をすっかり再現したテ−マパ−クができたら開業初日にでかけたい。それも現実ではないあの世。


1850 1900 1950        2000
1882 NCワイエス
1945        
1917            アンドリュ−・ワイエス
1955       鳥山 明



ワイエス作品を見られる美術館
(ぜひワイエスを見たいという場合は、確認のうえお出かけください。)


愛知県美術館http://www-art.aac.pref.aichi.jp/
数点、寄託されている。


福島県立美術館http://www.pref.fukushima.jp/kanko/data_m/71029.html
4点所蔵。下記のリチャ−ド・メリマンの著書にも掲載されている代表作「松ぼっくり」を含む。


新潟県立近代美術館 http://www.lalanet.gr.jp/kinbi/index.html 
10点寄託されている。


加藤近代美術館 2001年秋に休館しました。
[秩父御岳山から加藤近代美術館] をご覧ください。ここには父NCワイエスの作品もある。


Artcyclopedia http://artcyclopedia.com/artists/wyeth_andrew.html
アメリカにある作品の所蔵先とその作品の画像について充実している。


丸沼芸術の森 
埼玉県朝霞市上内間木459−1 048−456−3502
東上線朝霞駅から丸沼・湯−ぐじょ−行きバス12分丸沼下車4分
デッサン・水彩238点所蔵
展示施設は、いつも公開しているわけではない。

名前からするときれいな美術館を期待してしまいそうだが、倉庫や工場や住宅や空き地が混在する地域にあり、展示施設もおそろしく簡素。(建物がやたら豪華なのより、こういうほうがいい。空調などはきちんとしている。)
まわりは数軒のプレハブに囲まれているが、アトリエをなかなか持てないア−ティストを支援するために、土地を提供して住まわせているもの。海外からア−ティストを招いてア−ティスト・イン・レジデンスも実施している。
見かけは簡素だが、所蔵品は一級品。
ここから次々と世界的に活躍するア−ティストが現れるかもしれない。


東京都現代美術館「村上隆展 召喚するかドアを開けるか回復するか全滅するか」 オープニング夏祭り 2001.8.24



参考
アンドリュ−・ワイエス展図録 東京国立近代美術館 74 
ワイエス展−ヘルガ 埼玉県立近代美術館・セゾン美術館・読売新聞社 90
アンドリュ−・ワイエス展カタログ 愛知県美術館・中日新聞社 95
はじめて読む芸術家ものがたり アンドリュ−・ワイエス リチャ−ド・メリマン 渡辺眞監訳 同朋舎出版 92


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