西なぎさから葛西臨海水族園・歌舞伎座


 歌舞伎座 


東京都中央区銀座四丁目12番15号
tel.03−3541−3131
http://www.kabuki-za.co.jp/index.html


歌舞伎座に寄る。
ふつう演劇関係のものを見るには何日も前に予約して席を確保しておかなくてはならないが、歌舞伎座には一幕見(ひとまくみ)というのがあって、予約なしで、突然思いついて行って入れる。(というか、事前の予約ということができない。)
3階の一般席から、さらに柵で仕切られたいちばん奥の2列の座席で、席が埋まれば立ち見になるし、さらに満員状態になるようだと、それ以上の入場お断りになる。
昼の部が3幕、夜の部が3幕のことが多いが、通常は昼の部1等席いくらのように通しのチケットになるが、一幕見席では、1幕ごとに数百円で見られる。
旅行の途中なのであらかじめチケットを買っておきにくいが、ちょっとでも歌舞伎を見てみよう−ということらしい外国人もよく見かける。
ずいぶん前、その裏返しのように、パリに旅行中、確かコメディ・フランセーズの天井桟敷で芝居を見たことがある。歌舞伎座の最上階より、もっと遠く、高く、高所恐怖症の人にはきついのではないかと思えるほどだった記憶がある。
このシステムは、僕のように前もって予定を立てておくのが苦手な場当たり者には、とても便利でありがたい。

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この日は、他に用もなく、気持ちの余裕もあり、3幕通しで見た。
1.双蝶々曲輪日記(ふたうちょうちょうくるわにっき) 引窓
2.日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)
   坂東玉三郎人形振りにて相勤め申し候
3.心中天網島 河庄(かわしょう)
3つ目の河庄は、坂田藤十郎を襲名する直前の中村雁治郎が当たり役を演じるというのだったが、進行が遅いので、少し退屈するところがあった。

圧巻は2つ目の坂東玉三郎だった。
熊野の庄司の娘清姫が、恋する安珍を追って、狂ったように日高川を渡りながら鬼になる物語を、舞いだけで演じる。玉三郎じしんの科白はなく、浄瑠璃の人形のように「人形ぶり」を演じる。
歌舞伎では、科白のやりとりだけが続いて動きが乏しい時間が長く続くことがよくあるが、これは1時間半ほどの長い幕にはさまれた、30分ほどの短いものだったけれど、かえって凝縮して、とても密度が高い舞台になっていた。
体は操られているようにぎこちなさそうに動く。目は人形のように無表情。白く塗ってよく目立つ手先は、人工物らしく動きが固い。それでいて、生身の存在がにおいたってくる。いかに人形らしく見せるかよりも、人形と人間の間であることを見せようとしているようだった。
30分ほどを圧倒されて味わった。
このとき一幕見席は満員で、後ろの壁にずらりと立ち見の人まで並んでいたのだが、この幕が終わるとすっと減って、次の幕では空席まであった。口コミででも知って、この幕を目当てに来た人が多かったようだ。これはという出し物があれば、かけつけて見ることができる一幕見席の便利さというものにも、あらためて思い至った。


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歌舞伎座は1889年(明治22年)に開場。1921年に火災で焼失したあと、岡田信一郎の設計により1924年に竣工した。(再建工事中、1923年に関東大震災があった。)
1945年、東京大空襲で大屋根が落ち、内部が焼けたが、躯体を生かして吉田五十八の設計により復興した。
2002年には国の登録有形文化財(建築物)になっている。

古くからの芝居小屋の伝統を継いで、会食と観劇を同時に楽しめる。
座席で弁当を食べることもできるし、高級料亭「吉兆」もあれば、手軽なうどん屋もある。
おでんの店で食べたおでん定食は気軽な800円だったが、ゆっくり腰を落ち着けて一杯飲んでいたいと思うくらいにおいしかった。

廊下や階段に、浅井忠、山口蓬春、川端龍子、堅山南風、片岡球子、堂本印象、中村岳陵など、たくさんの名画が架けてあり、朝倉文夫制作の市川団十郎や尾上菊五郎などの彫像もあり、幕間に館内を散歩するのも楽しい。




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坂東玉三郎は、東京の料亭の子に生まれ、舞踊の稽古に通った縁から守田勘弥の部屋子となった。1964年に守田勘弥 (14代目)の養子となり、五代目坂東玉三郎を襲名した。
熊本県の八千代座、愛知県の呉服座(いずれも国の重要文化財)、愛媛県の内子座など、地方の古い劇場でも公演を行なって、地方の歌舞伎の存続を支えている。
現代演劇・舞踊、映画に出演し、監督もし、海外にまで及ぶ多彩な活躍をしているが、初期、初代の後援会長が、高崎の実業家、井上房一郎だった。
井上房一郎は、群馬の美術館や博物館や音楽堂など、ハード面の整備に尽くしただけでなく、山田かまちや、坂東玉三郎のように、若い才能ある人を世に知らしめるということでも、大きな貢献をした人だった。



浅草公会堂前の舗道に、ハリウッドみたいに、歌舞伎役者の手形がある。

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『坂東玉三郎の世界』 篠山紀信 朝日新聞社 1988
『歌舞伎がわかる』朝日新聞社AERA Mook 2003
  「五代目坂東玉三郎 女の私も覗いてみたくなる色っぽさ」吉永小百合

歌舞伎座
 加賀見山旧錦絵 日高川入相花王 2005.10
 盲目物語 船弁慶 2005.12
 
映画
外科室  監督:坂東玉三郎 原作:泉鏡花 
      出演:坂東玉三郎 吉永小百合 中井貴一ほか 1992
天守物語 監督:坂東玉三郎 原作:泉鏡花 
      出演:坂東玉三郎 宍戸開 宮沢りえ ほか 1995



* <高崎哲学堂発 井上房一郎、ブルーノ・タウト、アントニン・レーモンドをめぐる旅>に関する、人のリスト、年表、参考文献は、第1回 [ 観音山から高崎市美術館・高崎哲学堂・群馬音楽センター] にまとめてあります


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