高尾山から府中市美術館


4 中村研一記念美術館

東京都小金井市中町1-11-3
tel. 0423-84-9800


中村研一 ( 1895-1967 ) は福岡生まれ。空襲により東京・代々木の住居とアトリエを焼失したため、小金井市中町に転居した。
没後、富子夫人はアトリエに遺された作品や遺品を守り、財団法人中村研一記念美術館を設立。美術館は1989年に開館した。

みどころ
1 中庭を囲む明るい展示室のある美術館 ( 1階:油彩 2階:素描、陶磁器など )
2 中村研一の旧邸宅を改装した喫茶室
3 中村研一が愛用した茶室「花侵庵」
  ( 花の香りが侵入してくる庵という意味で中村研一が命名 )
4 美術の森緑地 ( 小金井市が整備・保全 )
5 はけの道 前原坂の途中から美術館の前を通っている道
  「 はけ 」 は、段丘崖下部の裂け目から水が湧くところをいう。
  住宅が密集しているが、ときどき武蔵野の面影を偲ばせる屋敷や林がある。

* 「 はけ 」 は、ふつうの辞書にはでていない言葉で、地質の専門家に尋ねても確答はなく、
(1) がけ ( 崖 ) のこと
(2) 「 水はけがいい 」 のはけ
(3) 関東地方の方言?
というような意見があった


中村研一年譜
1895 5月14日福岡県宗像郡南郷村光岡に生まれる
1914 福岡県立中学修猷館卒業
1920 東京美術学校西洋画科本科卒業(岡田三郎助教室)
1921 第3回帝展発表の「涼しきひま」特選受賞
1923 ロンドン丸で渡仏 パリに 約5年滞在
1927 サロン・ドオトンヌ会員に推される
1928 帰国 第9回帝展発表の滞欧作「裸体」特選受賞
1929 1月 中村正奇海軍少将の長女富子と結婚
第10回帝展発表の「若き日」特選受賞
1930 第11回帝展発表の「弟妹集う」帝国美術院賞受賞
1942 第5回新文展発表の「安南を憶う」昭和奨励賞受賞
大東亜戦争陸軍作戦記録画「コタ・バル」朝日賞受賞
1945 5月 東京大空襲により代々木の住居とアトリエを焼失
12月 都下小金井市中町に転居
1950 日本芸術院会員に就任
1953 「絵画の見かた」(矢崎美盛と共著)発行
1967 米国が接収の戦争画154点返還され、研一作品も9点還る
8月28日死去



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