天狗岩から緑の森の一角獣座


 天狗岩  緑の森の一角獣座
     1 日の出の森−アニメまたはSFの世界
     2 緑の森の一角獣座
     3 つましい生活
     4 日の出町アーチスト・イン・レジデンス
     5 若林奮と吉増剛造


3 つましい生活

日の出町には、この近くの二ツ塚峠の南に谷戸沢処分場がすでにあった。それがいっぱいになり、新たにこの馬引沢峠の先に2つ目になる二ツ塚処分場が用意され、多摩地域26市1町のいったん焼却されたごみの灰が運びこまれている。
トラスト地・日の出の森には収用決定がすでにあり、都知事が代執行を決めれば、強制的にこの森は取り上げられる。
処分場には毎日、廃棄物が運びこまれつつあり、日の出の森が処分場の底のレベルに位置している以上、処分場を機能させるためには、いつか収用を実施しなくてはならなくなるときがくることは、はっきりしている。

反対する人たちのパンフレットには、「廃棄物広域処分組合は緑の森の一角獣座を美術作品と認めないまま壊そうとしている」とある。
だが、処分場を作ろうとする側では、美術作品であるかどうかは関係ないことだろうと思う。芸術作品があろうとなかろうと公益のために処分場を作る−と考えるのでないだろうか。
また一方、反対する側からしても、では若林奮の芸術作品がなければ処分場を認めるのかといえば、そうではないはず。[芸術作品がある−処分場を作らない]ということだけが直接結びついてしまうと、一見、芸術作品を尊重しているようで、実は芸術が反対のための人質にすぎなくなってしまう。それならゴッホを1点、舞台に展示すれば、一般受けがして戦術的にはもっと効果がある−ということになってしまう。

この問題が厄介なのは、自然の形を大幅に変えてまで作られているのが、ごみの始末のためという点である。現実にごみ−焼却灰が発生している以上、どこかしらにその置き場は必要になる。仮にこの処分場への持ち込みが停止されて、日の出の森が守られたとしても、いずれどこかに処分場は作られることになり、最終的な勝ちのない抗議が続くにすぎない。
若林奮が庭を作ったのは、単にこの森だけを守ればいいと考えてのことではなく、もっと思いが遠くまで届かなくては、目前の一時的な回避だけを目指した1手段にすぎなくなってしまうだろう。

結局、森を守るには、経済成長を前提とした今の経済・社会・暮らしのしかたを根本的に変えなくてはならないのだと思う。
つましい暮らし、少し貧しいくらいの暮らしがいい。
かつてフランク・ロイド・ライトが帝国ホテルを建築するのを補助するために来日した建築家アントニン・レーモンドは日本の様子をこう記している。

1919年、12月31日の、日本到着の夜、横浜から東京までの道、封建時代の名残りをとどめた狭い村を、車で通ったことを私は決して忘れることができない。
その村々の道の両側には、しめかざりの環や、提灯がぶらさがった松や、竹が並んでいて、陽気で、単純な喜びの雰囲気に包まれていた。商店は道に向かって開け放たれ、売る人買う人共々、茶をすすり、火鉢に手をかざしながら親しげに座っていた。派手な着物の若い人々は、道の真中に陣取って、いろいろ楽しそうな季節の遊びにふけり、私達の車は殆んど進めないほどであった。
(私と日本建築 アントニン・レーモンド 三沢浩訳 鹿島出版会 1967)

1933年から1936年まで日本に滞在したブルーノ・タウトも、日本の家々、そこでの暮らしに感銘を受けている。桂離宮と伊勢神宮だけを評価したわけではない。
しかし、両者とも、その景観を乱すものが現れつつあることを危惧している。ブルーノ・タウトは船で来日した日の印象をこう書いている。

敦賀港埠頭にある若干の欧風建築物を見て感じた怪訝の念と失意とを表現することは容易な業である。ここにはやくも日本はあまり嬉しくない一面を見せていたのである。私達にはこれらの建築物が清浄な国土の汚点のように思われた。
(ブルーノ・タウト ニッポン 森としお訳 講談社学術文庫 1991)

タウトは、そうした好ましくない傾向のものをドイツ語でキッチュ、日本語訳としては「いかもの」という言葉を選んだ。
明治以来の近代化でも、戦後の経済発展でも、結局、都市においては美しい景観は作られることがなく、山村においては自然が破壊された。大量の物を消費してきたのに、むしろいかもののほうが全国に広まったのだし、その間にむしろ人の心は大きな傾向としてはすさんだ。レーモンドがいうような「陽気で、単純な喜びの雰囲気」が感じられる暮らしは消え去るばかりだった。

封建時代がいいとか、欧風建築がただよくないというのではないが、かつては物が豊かでなくても日々の生活が生き生きとしていた時期があった。むしろ、つましい暮らしで、生活が自分の手の中にある感覚が美しい町、暮らしやすい町をつくるのだと思う。
もちろん、単純に後戻りはできない。今さら水洗でないトイレ、コンピュータのない生活などありえない。何を維持すべきで、何が必要でないか、暮らしのレベルで考え、それを経済・社会のしくみに生かしていくことが必要ではないか。
大量にごみを発生させなければ豊かな生活ができない生産構造は間違いではないのか。
1トンもする自動車をたった1人で運転しても、バスや電車などの公共交通の運賃より安くすんでしまう交通体系・エネルギー体系は間違いではないのか。
そういう身近なことから見直していく中で経済・社会のシステムをかえていくのがいいと考える。

大きくて複雑な社会や経済のしくみを考えると、そういうことはただの夢物語であり、時代錯誤ではないだろうか。−そう考えて不安になる気持ちを励ますために、ジョン・レノンがイマジンという曲を残している。
 You may say I'm a dreamer  But I'm not the only one
そして実際に、日の出の森にはいろいろな考えの人が訪れるが、同じ思いをもつ人も少なくないだろうと思う。



ニュ−ヨ−ク、セントラル・パ−ク。ジョン・レノンが亡くなったダコタ・アパ−トの近くは Strawberry Field と名づけられている。ニューヨークに行ったとき、ある日、出かけてみると、特別な日ではなかったが花がおかれていた。


* アントニン・レーモンドについては、[ まれびとのむろほぎ ]  [ ライシャワーとアントニン・レーモンド/東京女子大学とアメリカ大使館 ] 参照。


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