Ⅱ-1 『マダム・マロリーと魔法のスパイス』-フレンチの老舗と新規インド料理店との距離30メートル

カダム一家はインドでレストランを経営していた。
次男のハッサン(マニシュ・ダヤル)は、母の感性とスパイスを継ぐ天才的料理人で、繁盛していた。
ところが、暴動による火災で店は焼け、母は亡くなり、一家はヨーロッパに移る。
最初に住んだところはロンドンの空港近くで、真上を飛行機が飛ぶ。

イギリスの食材が気に入らなくてヨーロッパ大陸に渡り、ヴァンを走らせて適地を探しているうち、フランス、ピレネーの山道で車が故障する。 そこで緊急避難させてもらったところで出された食材がとてもいい。 しかも近くに売りにでている屋敷がある。 カダム家のパパはここに新しい店を開くことを決める。
でもほかの家族はみな反対だった。
理由は、道の真向かいに一つ星のレストランがあり、大統領が食べに寄るほどの店。
30メートル(100フィート)きり離れていない。
フランス人はインドの料理を好まないだろうとも。
それでもパパは強行して「メゾン・ムンバイ」を開店する。

ハッサンの料理の腕と、パパの努力で、客が入りはじめる。
向かいのレストラン「ル・ソル・プリュルール」の経営者マダム・マロリー ( ヘレン・ミレン)と店のスタッフは、カダム一家が大きな音でインド音楽をならすのと、スパイスの香りに反感をもつ。
でも頑迷なフレンチのスタッフが「ムンバイ」の壁に落書きすると、マダム・マロリーは、雨の中、自分でブラシを持ち、落書きを消す。
パパは筋をとおすマダムの人柄を認めるようになる。

「ル・ソル」ではたらくマルグリットはハッサンと親しくなり、その希な才能に気づく。 やがてマダム・マロリーも知って、ハッサンを自分の店に引き抜こうとする。 その才能はもっとみがき、もっと生かされるべきといい、ハッサンはマダム・マロリーの説得に応じる。

この映画の原題は"The Hundred-Foot Journey"(100フィートの旅)という。
フランス料理の世界にのりこもうとするハッサンは、荷物をひとくるみ持って道の向かいの店に歩いていく。
インドからヨーロッパに長い距離を移動したのをさしおいて、この100フィート(30メートル)こそが旅であり、異質な世界への冒険だということを、この映画(とリチャード・C・モライスによる同名の原作)は訴えている。

ハッサンが作った料理は、「ル・ソル」にマダム・マロリーの悲願だった二つ星をもたらすが、スカウトが殺到してハッサンはパリに出る。 パリでも活躍し、注目を浴びる場面で、アラブ世界研究所 とか、ポンピドゥーセンターのレストランの映像がでてくる。僕も前に行ったことがあるところで、懐かしい。

あるときハッサンはたまたま若い料理人が故郷の料理を食べているのを見かけて、ともに食べ、自分の根を再発見し、目が覚めたようになる。
ピレネーに戻り、マダムの店をマルグリットと引き継ぐことになる。
最後の場面は、「ムンバイ」での祝宴。 「ル・ソル」で作った料理を、100フィートの道を横切って「ムンバイ」の庭に運ぶ。
ハッサンはひとりで道を渡って出て行ったのだが、数年経って、人々を結ぶために道を横切る。

この映画で印象に残るのは、ハッサンがパリに出てからのパパとマロリーのこと。
はじめ反目しあっていたが、その後親しくなっている。
ムンバイの屋外席でワインなど飲んで話しているとき、パパが「恋人に近い相手ができた」とハッサンに手紙を書くと話すと、マロリーはパパをじっと見かえす。
パパはまずいことを言ったかと「ほとんどalmost...」と繰り返すのだが、マロリーは無言のまま自分の店に戻ってしまう。
うろたえたパパは道を横切ってマロリーの店に様子をうかがうように近づいていくと、1枚のドアから明るい光がもれている。
おだやかな風がカーテンをゆるがせ、ドアを中に向けて誘うように開かせる。
この映像がとても美しい。
パパが中に入っていくと、音楽がかかっていて、マロリーがすっと立って待っていて、「恋人に近い女性と踊りましょう」と声をかけてくる。
音楽はアズナブールの「Hier Encor」で、独特のしわがれた声が、人生の経験を積んできた男女のダンスになじむ。
ハッサンもパパも100フィート(30メートル)の道を越える冒険をしたのだった。

* 『マダム・マロリーと魔法のスパイス』 "The Hundred-Foot Journey" 監督ラッセ・ハルストレム 脚本スティーヴン・ナイト 2014
* パパのヴァンが故障し、その後レストランをはじめた場所は、wikipediaによると「Saint-Antonin-Noble-Val in the Midi-Pyrénées」とある。