Ⅱ-5 『大陸横断超特急』-ロスからシカゴへ豪華な個室の旅

ジョージ・コールドウェル(ジーン・ワイルダー)は、妹の結婚式のためにロサンゼルスからシカゴに向かう特急列車に乗っている。
ほかの乗客の会話で列車のルートを言っていた。
 ロスを発ってネバダからコロラドへ入り ロッキーを越えてカンザス  
 それからミズーリだ ミシシッピを渡ってシカゴまで2日半


食堂車でジョージの向かいの席に座ったのは美しいヒリー・バーンズ(ジル・クレイバーグ)。
美術史の教授の秘書で、教授が講演にいくのに伴っている。
ヒリーがジョージに、シカゴになぜ時間がかかる鉄道で行くのかたずねると、
 妹の結婚式に
 なぜ汽車で行くの?
 退屈したいから

仕事をきくと出版屋だというので、
 何の出版?
 ノンフィクションとか園芸、料理、ハウツー本とか
 セックスも?
 ありますよ
 権威なのね
 カラクリだけは知ってます

2人のコンパートメントは隣り合っている。仕切りの鍵がこわれていてジョージがうっかり開けてしまうと、ヒリーが着替え中で下着姿でいた。食堂車で同席する前に2人はそんなふうに会っていて、ヒリーはそのときからジョージを気にいっていたらしい。
食堂車での会話は楽しく盛り上がり、長い時間を過ごしてコンパートメントに戻ると2人でヒリーのベッドに入る。
まるで退屈ではなくなっている。

ヒリーが秘書をしている教授はレンブラントの自筆の手紙を持っている。それを奪おうとする美術商もワルい部下を引き連れて乗っていて、ジョージ、ヒリーと美術商グループの争いになる。
警察も気づいて列車を追ってくる。
美術商は運転台に乗り込み、列車がスピードを落として追いつかれないよう機関手を殺して工具箱をアクセルペダルに置く。
撃ち合いで美術商が倒れると、列車は高速のままシカゴ駅に向かう。
ジョージとヒリーは列車の連結をはずして後ろの車両に残り、助かる。
前の機関車2両と客車4両はシカゴ駅に暴走していく。
駅では緊急避難の放送があり、カフェや売店にいた人たちが走って逃げまどう。
列車は駅に突入し、駅舎を破壊しながら進んで、やがてスピードをおとしてとまる。
ヒリーがジョージに「公園に行って園芸の話をきかせて」とかいって、最後はのどかにしめくくられる。

公開時にこの映画を見たとき、適度にワクワクして痛快でおもしろく感じた覚えがある。
ところが最近DVDで見直したら、気持ちが複雑になった。
列車が高速で突っこんでシカゴ駅の太い柱を破壊していく映像に、2001年9月11日、ワールドトレードセンターに飛行機が飛び込んだテロ事件を思い出した。
僕はその事件より前にそこに見物に行ったことがある。
最上階が有料の展望所になっていた。 料金を払うと、チケットのかわりに係員が手のひらにスタンプを押してくれる。 アメリカの青年らしいすがすがしい人で(アメリカには大統領選挙の映像でよく見るような偏狭で過剰な人たちもいるが)、正確な言葉を覚えてはいないが、「ゆっくり楽しんで」というような声をかけられて気持ちよく入場した。
テロ事件のときその青年がそこにいたとは限らないのだけど、ビルが崩れる映像を見るたび、その青年の明るい印象を思い出して、いたましい思いになる。その青年がそこにいなかったとしても大勢のそんな人たちが亡くなった。ビルの崩壊を映像で見るたび、具体的な、あたたかみのある人が思い浮かぶので、なおさら事件の悲惨さを感じる。
『大陸横断超特急』で特急列車がようやく停止したのはシカゴ駅のグレート・ホールといわれる待合室。
アメリカの古い大きな駅にしばしばある伝統的な建築様式の美しい空間だが、高速で機関車が突っこんだら、柱が1本欠けただけではすまなくて、ワールドトレードセンターのように崩れたのではないか。
娯楽映画だから厳密さを望むわけではないが、9・11のあとで見ると、ただハッピーエンドでよかったとだけ見ていられなかった。

『大陸横断超特急』は1976年の映画。
ヒリー役のジル・クレイバーグという女優がすてきで、この映画で名を覚えた。 いまネットで見ると、2010年に慢性リンパ性白血病で亡くなっていた。
ジーン・ワイルダーも2016年にアルツハイマー病の合併症で亡くなっている。
忘れてしまう映画もいくつもあるのに「おもしろかった」という記憶がはっきりあるからそんな古い映画と思っていなかったが、もう半世紀近く経っていた。