Ⅱ-7 『プリシラ』-オーストラリア大陸のど真ん中へ中古バスで

冒頭はオーストラリアのシドニーにあるクラブ。
Charleneが歌う「愛はかげろうのように」(I've Never Been to Me)のやさしい調べが流れている。
ステージで歌っているのは、Charleneではない。 派手な衣裳と化粧の人物がマイクを持ち、体をあでやかにくねらせて、口だけ歌にあわせている。
このティックは、けばい衣裳と大仰な体の動きでパフォーマンスするドラァグ・クイーンdrag queenで、この映画はドラァグ・クイーン3人の物語。

ティックは女性と結婚したことがあって、息子までいる。 オーストラリア大陸のほとんどど真ん中、荒野の中の街アリススプリングに住む妻から6年ぶりに電話があり、そこのホテルで開かれるショーに出ることになる。
ショーに加わるように誘ったバーナデットは、かなりな年長で、別な友人に死なれて落ちこんでいるところだった。
もうひとりの同行者フェリシアは、ずっと若くて騒々しい。アリススプリングの近く、キングスキャニオンの岩に「スパンコールのドレスとハイヒールで」立つ夢をもっている。

オーストラリア東岸のシドニーから、大陸のど真ん中のアリススプリングまでは3000キロ。
そこからキングスキャニオンは近い。
(そしてそこからオーストラリア随一の名所エアーズロックもごく近い)
この旅のためにフェリシアが中古のバスを手に入れてきて、車体には「HINO」の文字があり、バスは「プリシラ」と名づけられる。
フェリシアがとがったことを言い、バーナデットが皮肉でいさめ、ミッチが間に入ってとりなしながら旅がつづいていく。

荒野の旅での風景と色と衣裳がとても魅惑的だった。
走り続ける銀色のバスの屋根で、フェリシアが銀色のドレスを着て、銀色の長い布を後ろにはためかせながら、高い声で歌う。
同性愛者を嫌い憎む人たちがいて、途中の町でバスにAIDS FUCKERS GO HOME!と落書きされた。
フェリシアが塗料を買いこんできて、もとは銀色だったバスを塗り替える。
「紫色?」と尋ねられると「ラベンダー」だとこたえる。
ラベンダーになった車体の屋根では、オレンジ色のドレスでオレンジの布をはためかせ、バスはピンクと黄色の煙まで吐きながら走っていく。
(この映画はアカデミー衣裳デザイン賞を受賞している。)

同性愛者には世間の目は厳しいことが多く、3人それぞれに苦悩をかかえているが、目的地のアリススプリングに着いて、3人はそれぞれのハッピーエンドを迎える。
ティックは妻と息子とに長く離れていて不安だったが、気持ちよく再会できた。
バーナデットには新しい恋人ができる。
フェリシアの夢のキングスキャニオンにも、ドラァグ・クイーンの盛装をして3人で登った。
アメリカ西部のデス・バレーのような岩山地帯。
突端まで歩いていくと、広い眺めがひらける。
西の空にかかった雲間から西日が射してくる。
夢がかなって大風景が広がって、映画としての画面も壮大で美しいのだが、でもそこに立った3人は思いのほか静か。  

 やったね
 広いのね
 果てしない
 それで...
 うちに帰りたいわ
 わたしも
 じゃ ショーを打ち上げて帰りましょ

目的地での昂揚はこんなものだろうか。
ふりかえってみると、バスの屋根で歌ったことや、荒野でバスが故障して不安な夜を過ごしたことなど、移動の途中のことのほうがきらきらした手応えがあったように思える。
目的地に着いてしまえば日常が始まる。
移動のときこそ非日常で新鮮に輝いている、ということがあるかもしれない。

* 『プリシラ』 The Adventures of Priscilla, Queen of the Desert 1994 オーストラリア