Ⅱ-11 『運び屋』-麻薬を運ぶ老人

アール・ストーン(クリントイーストウッド)は花栽培に夢中で、金と時間をつぎこんだ。みごとに咲かせた花は人気があり、そこそこの栄誉もえたが、時代が移ってインターネットの取引にまけて家と農場を差し押さえられ、追い出されてしまう。

アールは全米50州のうち41州を走って、各州のステッカーを車の後ろのガラスに貼ってある。そんなに走って無事故無違反だとたまたま知った男が「町から町まで運ぶだけで高額の報酬を得られる」という話をもちかけてきて引き受けると、麻薬の運搬なのだった。

アールの農場はアメリカ北東部、五大湖の南にあるイリノイ州ピオリアという町。
元締めはメキシコにいて、麻薬をメキシコに近い南部のテキサス州エルパソで受け取り、イリノイ州まで運ぶ。
難なく運び終えると、思いがけない厚い札束を受け取った。
家族を後回しにしてきたのでうとまれていたが、孫の結婚式の集まりの経費をだしてやると、喜ばれた。

古い仲間と集まれるのを楽しみにしていた退役軍人会のクラブに行くと、クラブの建物が火災になり、もう再開できる見込みがないという。
運び屋は一度だけのつもりだったが、クラブを復旧するために、また運んだ。
自分の農場を買い戻すためにもまた運ぶ。
はじめはFORDのぼろトラックだったが、LINCOLNの高級車に乗り換える。
安全運転だし90歳という高齢だし、疑われることがなく、腕利きの運び屋になってしまい、メキシコにある元締めの屋敷に招待されて歓待を受けさえした。

もう一人の主役が麻薬取締局のベイツ捜査官。
アールが泊まるモーテルの情報を得て張り込んだが、別な人物を逮捕してしまう。
アールはそれを目撃して、あぶなくつかまるところだったことを知る。
翌朝、Waffle Houseという軽食堂のカウンターで、捜査官が朝食を食べ終えたころにアールが入ってきて、近くの席にすわる。
緊迫する場面だが、アールは静かにおはようと声をかける。
捜査官はきのうが結婚記念日だったのを忘れていて、今朝になって思い出した。 まずい!と呟いたのをきいて、アールが何をまずった?とたずね、記念日を忘れたときかされる。
アールは花栽培に夢中で、妻にこんな非難をされたことがある。
 洗礼式 堅信式 卒業式も来なかった
 誕生祝いも結婚記念日も無視する
ひとり娘の結婚式さえ行かなかったので、
 ひとり娘は俺と12年半も口をきかない
 まるで家族は存在しないかのようだ

と耐えかねた表情で語り、苦い経験を伝えるように「家族を大切に」と捜査官にいう。

麻薬を運ぶ途中で、孫娘から、「おばあちゃん(アールの妻)が病院から帰された、あと数日の命」だと携帯に連絡が入る。
期限までに運ばなくてはならない大量の麻薬を積んでいたが、アールは妻のところに向かう。
ずっとわだかまりを抱えてきた妻と夫の最後の会話-
 何よりもうれしいの あなたが来てくれて
 愛してる メアリー  
 昨日より今日のほうが?  
 明日はもっとだよ


それを見ていて、12年半父と話さなかった娘の気持ちがほぐれる。 ベランダに出て-
父:俺はひどい父親で 最低の夫だった
  すべてしくじった 身勝手だった
娘:そんなことない
  遅咲きなだけ I think you're a late bloomer.

とりかえしのつかない後悔を抱えるものに、「遅咲き」という言葉のやさしさがしみる。

妻の葬儀を終えて、アールは途中で放り出していた麻薬運びに戻るが、徐々に追い詰めてきていたに警察に、ついにつかまる。
ベイツ捜査官が運び屋の顔を見ると、モーテル前のカフェWaffle Houseで話した男で、「You..!」とひとこと洩らす。

クリントイーストウッド主演で麻薬の運び屋の話となると、組織と対決してアクション・シーンがあって倒す展開になるのだろうか、それにしてはイーストウッドのシャツからのぞく腕の皮膚がシワシワだし、背もいくらか曲がってるし、しんどそう-と思ったら、アクション・シーンなんてなかった。
少しは実力行使があったようだが、想像させるだけで、画面にはでてこない。
組織の連中はアールを思いのまま動かそうと脅しにかかるのだが、もと軍隊経験があるし、先は短いし、全くこわいものしらずで軽くあしらってしまう。
アメリカの広大な風景のなかを、トラックは適度な速さで着実に走り、アールはラジオから流れる音楽にあわせてのどかに歌っている。
アールの揺るがない態度とユーモアのために、組織の連中もアールに親しみを覚えていくのがおかしい。

クリント・イーストウッドが名演だった。 みごとに覚悟がきまっている老人の立ち居振る舞い、言動がきまっている。 それでいて深い後悔をかかえていて、若いころからそうだった苦いものをかんだような表情がぴったりはまっている。
この本や映画を知らないままでいなくてよかった-というのがしばしばあるが、これもいくつも印象に残る場面がある、いい映画だった。

* 『運び屋』The Mule 監督・主演クリント・イーストウッド 2018