Ⅱ-14 『海の上のピアニスト』-大西洋を往復する船の中だけの一生

船で生まれ、一度も陸に降りないまま人生を終えたピアニストの話。
船はアメリカとヨーロッパを往復する客船。 わけありで船内で産まれ、金持ちの客に拾われるように上等客室に残された。 ところが見つけたのは、乗客が降りてから落とし物がないかあさっていた機関室の石炭炊きの男。
新しい世紀が近い1900年のことだったので、「1900」と名をつけた。
メンドウなことになって子どもを取り上げられたりしないように、父になった男は子どもをずっと船内にひそませたまま、働く仲間に応援されながら育てた。
ところが子どもがまだ少年のうちに事故で亡くなるが、子どもにはピアノひきと作曲の才能があり、船の専属のピアニストになった。

原題が'The Legend of 1900'と「伝説」というとおり、そんなことあり?というようなことにも本当を思わせるための説明みたいなことは一切なしに、「実際そうだった!」といいきってしまうスタイルで進行する。
船で育った少年は、いきなりピアノをひきこなしている。
船は、戦争を経て、老朽化してプリマス港に停泊したままになり、数年後に爆破・解体されるのだが、ピアニストは放棄されている間も船にこもっていた。その間どう食料を確保して生き延びていたのか、それも説明なしに、ただ生きていたということが示されて話が進んでいく。

客船として欧米間を往復していた頃のある航海で、ひとりの男が海の声を聞いたとピアニストに語ったことがある。
男は農夫だったが、干ばつで困窮し、妻はほかの男と逃げた。
子どもは熱病で次々と死ぬ。
男は放浪の旅に出て、初めて海を見た。
そして海が、大きな力強い声で叫ぶのを聞いた。
「愚か者!人生は無限だ!」
男は衝撃を受け、生き方を変えて、最初から人生をやり直そうと考え、アメリカに向かう船に乗った。

この話がピアニストの心に錘のように残り、それからしばらくたってからのことだが、ピアニストは船を降りる決心をした。
船からいつも海を見ている。でも海の声を聞くには、海からいったん離れた所からでなくてはだろうと考えたのだった。
ニューヨークに着き、船長や仲間たちに見送られて、船から波止場にかけられたタラップを半ば降りたところで立ち止まり、しばらく街を見わたしてから、また船に戻った。
あとで語ったところでは、ニューヨークを見渡し、街に限りがないことに耐えられない思いだったのだという。  

問題は目に映ったものでなく、映らなかったものだ
あの巨大な都会 すべてがあったが、その終わりは? 終わりはどこに?
すべてのものの行き着く先が見えなかった 世界の終わりが
ピアノは違う
鍵盤は端から始まり端で終わる
鍵盤の数は88と決まっている
無限ではない 
弾く人間が無限なのだ
人間の奏でる音楽が無限
そこがいい

僕だって夢を描いた
だが舳先(へさき)と艫(とも)の間に収まる夢だ
無限じゃない鍵盤で
自分の音楽を創る幸せ
それが僕の生き方だった
陸地? 僕には大きすぎる船だ

船はヨーロッパとアメリカの間だけを往復する。 人生をずっと船の上だけですごしたことは、移動し続けたことになるのか、それとも静止していたことになるのか、謎めいた気分になった。

* 『海の上のピアニスト』 (The Legend of 1900) 監督ジュゼッペ・トルナトーレ 1998 イタリア