大井川!-なのに、これっきりの水

大井川 河口左岸の展望塔
大井川河口、左岸に行くと、先端に茶色の展望塔がある。

大井川河口 土砂運搬車
展望塔に上がってみると、堤防を越えて、ダンプカーががひんぱんに往復している。
カラできて、砂利を積み、内陸へ戻っているようだ。
堤防には係員がひとりいて、車の往き来を交通整理するのとあわせて、車が通過するたびになにやら書類にチェックしているふうで、台数をカウントしているみたい。

大井川河口 工事説明板
堤防下に工事内容を記した案内板がある。
2枚あって、左の一枚には、
「航路に堆積する土砂を掘削しています」 とある。
右のもう1枚には、 「養浜工事を行っています」 とある。
養浜工事のほうはイラストつきで、カニさんが、
施工前では「どんどん砂浜が減っちゃうよ~」と困った顔をしていて、
施工後では「これで安心だね」と穏やかな顔になっている。
削るところと加えるところが近くにあるなら、削ったものをそのまま加えれば差引ゼロで簡単そうなのに、ダンプカーがひんぱんに往復しているところをみると、削ったものは持ち出し、別なものを運びこんでいる。
発注者はどちらも焼津市長で、建設部大井川港管理事務所が管理している。
受注者も同じで、田中土建工業株式会社。
工事主体が別で、たまたま逆向きの工事が同時進行することになったのではなくて、承知でこういう状態になっているのだろう。
削った土砂と、養う砂浜は、別なものということのようだ。

大井川河口野鳥園
茶色の展望塔から見おろした左岸には緑の木々が繁って見える一帯があり、大井川河口野鳥園になっている。
公園の端にはバードウォッチングや管理のための施設がある。

大井川河口野鳥園
野鳥園の説明板と観察窓。 ここから池に浮かぶ鳥の様子を眺められる。

大井川河口野鳥公園 ネコ
野鳥園の小屋にこんなのがある。
「ねこ(動物)を捨てると法律により処罰されます」
「監視カメラ作動中」
河口にネコを捨てていく人が-こんな警告があるくらいだから-かなりの数あるらしい。捨てられてしまったらしかたなく、野鳥園の係員らしき人がネコにエサをあげているのを見かけた。 鳥の生息地にネコというのは、なにもない河口にネコより、さらに始末がわるいことだろう。

村上春樹に『猫を捨てる 父親について語るとき』という本がある。(文藝春秋2020)
子どものころ、兵庫県西宮市の夙川(しゅくがわ)の近くに住んでいた。
ある日、父親と自転車に乗って海辺まで下って猫を捨てにいった。
「いずれにせよ当時は、猫を棄てたりすることは、今に比べればわりに当たり前の出来事であり、とくに世間からうしろ指を差されるような行為ではなかった。(中略)
 とにかく父と僕は香櫨園の浜に猫を置いて、さよならを言い、自転車でうちに帰ってきた。そして自転車を降りて、「かわいそうやけど、まあしょうがなかったもんな」という感じで玄関の戸をがらりと開けると、さっき棄ててきたはずの猫が「にゃあ」と言って、尻尾を立てて愛想良く僕らを出迎えた。先回りして、とっくに家に帰っていたのだった。どうしてそんなに素速く戻ってこられたのか、僕にはとても理解できなかった。(中略)
(父の)呆然とした顔は、やがて感心した表情に変わり、そして最後にはいくらかほっとしたような顔になった。そして結局それからもその猫を飼い続けることになった。」

関西でもかつてジャマになったネコを河口に捨てるということは、わりとふつうのことだったようなのだが、今でもマレでなくあるらしい。

大井川河口右岸 静岡県営吉田公園
河口から1キロほどのところに架かる大平橋を、左岸から右岸に越えた。
右岸の先端地には静岡県営吉田公園がある。
2001年に開催した「しずおか緑・花・祭」というイベントの跡地を公園に作りかえたもの。
「命山」という高台を2つ作ってあり、 「地震が発生したらただちに命山(いのちやま)に避難しましょう」 とある。

大井川 静岡県営吉田公園の命山
2つある命山のうちの1つ。
あまり高くなくて、するっと波が届いて越えていきそうな気がするけれど、これくらいで大丈夫なのだろうか?

大井川 静岡県営吉田公園
公園の広い芝地には、こんな滑り台がある。
人工の池に幅広の滝が流れ落ちてたりもして、都市の市街地にある大規模公園のよう。
公園の周囲は長く続く柵で囲われているが、端で切れていて、河口に出た。

大井川河口
防波堤から河口の石ころの浜に降りる。
大井川の河口は幅900メートルほどもあって広いのだが、ダムで取水されて、水が流れているところは河口の全幅に比べてとても細い。
それで、石ころの浜に降りてから水の流れまでにかなり歩いた。
川の水が海に流れこんでいるところも、石浜に窮屈に狭められている。
河口に運ばれてきた石は、長い距離をきて平たく、丸っこく、
すべすべしている。 流木がときおり転がっている。

大井川河口 左岸を望む
左岸方向。 茶色の展望塔が見える。
ちょっとした水量はあるが、川幅に比べると圧倒的に水流部分は少ない。
(とくに航空写真を見るとよくわかる。)
大井川の河口には、釣り人の姿がなく、サーファーもいなかった。

大井川 静岡県営吉田公園の林
河口の石浜から上がり、広い吉田公園の別の散策路を歩いて駐車場に戻った。
公園の案内図の名称によれば、「ビオトープ池」に沿って「野の花の小径」があり、のどかでいい。
このあたりも河口間近の土地としては意外な印象がある。

大井川 右岸 水道の水源
「榛南水道5号井戸」。
公園内にいくつか、水道用に地下水を汲みあげる井戸があった。
大井川河口地域には大井川のダムから取水した水が行っているが、榛南水道は、大井川に接していない御前崎市と牧之原市(の一部)に給水している。
川からも地下からも取水されて、大井川の流れが哀れに細っているのも当然という気がする。
大井川河口より(流路の距離で)84kmほどに大きな長島ダムがあり、大規模に取水している。
それより上流、河口から100km以上離れたところに、リニア中央新幹線のための南アルプストンネルが計画されている。
トンネルが大井川の流れに影響する可能性はゼロではないだろうし、そもそもそうまでして巨大な経費をかけて新たな新線を通す必要があるのかどうか、気持ちがくもる。

大井川 アサギマダラ
アサギマダラというチョウが、東北地方から台湾方面に南下していく途中、秋にこのあたりを通るらしい。
左岸には野鳥公園があったし、とても自然が豊かな河口みたい。
でもダムで取水して水の流れが細くなり、河口近くで地下水まで汲みあげ、これからリニア中央新幹線の工事もある。
航路に堆積する土砂を掘削する一方で、養浜の土砂が運びこまれる。
「越すに越されぬ大井川」といわれるほどに、もともとは海までたっぷりな水が悠々と流れていた。
川に人格はないけれど、川にしてみれば今は不幸に生きているように思えた。
(2022.11)