重信川-さびしい流木

重信川というのは、川の名にしては珍しく、江戸時代に河川改修にあたった足立重信という個人名によるという。
重信川河口は松山市中心部から南に7キロほど離れている。
とはいっても、山地が大部分を占める四国全体から見れば松山平野(道後平野)はとても小さく、そこに人が集中していて、河口まで松山市街がずっとつづいている。それで河口はコンクリートが多い人工的な眺めだろうと予想していた。

重信川の河口
左岸の河口に着くと、たしかに先端部はしっかりした護岸の上を舗装道路がとおり、角には四国ガスの工場がある。
向こうの対岸は埋め立て地らしく、やはり工場があって、人工的ではあった。
ただ重信川は急傾斜地を水源としていて河床に砂礫がたまりやすく、砂州が川幅の大半を占めたうえ、砂嘴が海に向かって長く伸びている。
道から砂州・砂嘴に降りて、水際まで歩いていける。

重信川の河口 祖母と孫重信川の河口 流木

雲が厚く、ふつうには海辺で遊ぶ気にはならないような日だったが、老婦人と孫がかがんで砂遊びをしている。
さらに先に歩いていくと、砂嘴の先端近くに流木が1本横たわっている。
タルコフスキーの映画『サクリファイス』のラストシーンのようだった。

重信川 砂州の先端
先端に立つと、海のなかにひとりぼっちで立っているような、体を陸から海に押し出されたような、今まで味わったことがない感覚があり、印象深い河口だった。


重信川より松山の市街に近くを石手川(いしてがわ)が流れていて、河口まで4キロほどの地点で重信川に合流している。
正岡子規と高浜虚子は松山生まれの俳人で、そろってその2つの川を句にしている。
  石手川重信川の青田かな 高浜虚子
  夏川を二つ渡りて田神山 正岡子規

重信川
重信川河口のすぐ北に松山空港があり、午後早い便の成田行きに乗った。
左の窓際席。
離陸するとぐるっと旋回して松山空港を見おろし、それから重信川河口が見えてきた。
歩いて感慨があったところを、あとで高いところからまた見おろして味わい直せるのはなかなかいい。

(2017.10)