2 映画『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』-老いるとは自由に移動できなくなること

『ネブラスカ』新宿武蔵野館ポスター

『ストレイト・ストーリー』と同様、これも動きのままならない老人男性が遠くへ行こうとする話。
『ストレイト・ストーリー』は10年も会っていない兄をたずねるというまっとうな動機だったが、こちらは雑誌の定期購読に誘うためのオトリ広告につられて懸賞金を受け取りに行こうとする。
金額は100万ドル、ただし定期購読を申し込んだうえ、懸賞番号が当たっていれば、という条件つきで-DMを受け取ったひとがみな定期購読を申し込んでも100万ドルにはならなそうなのだが-老人は自分が当選したものと思いこんでいる。
高齢で酒浸りで、運転免許はないし、10年も走っていない車は動かない。 それで何度も歩いて行こうとする。 見かねた息子が、広告主のところまで行き、当選していないことをはっきり納得させるしかないだろうと、車に乗せて行くことをきめる。

住まいのモンタナ州から、目的地のネブラスカ州リンカーンまでは、1000キロを越える距離がある。
走りだしてからの風景の美しさはためいきがでるほど。
モノクロの穏やかな画面に広い風景が映る。
それを助手席の父が、遠くを見はるかす目で眺める表情が幾度か映し出される。
それに注目して、沢木耕太郎が映画評にこう記す。
「老いるとは、たぶん、自由に「移動」する手段と方法を徐々に失っていくこと」。
たしかにそうだろう、僕も自由に移動できなくなる日が遠くない、いまのうちに-と思っていたら、コロナウィルスが年齢に関係なく、自由な移動をおさえこんでしまった。

『ストレイト・ストーリー』の老人は、ようやく兄の家が近づいたところで立ち寄ったバーで、長く絶っていたビールを1本飲む。
『ネブラスカ』の老人はアル中で、息子がガソリンを給油しているすきにも店に入ってビールを飲む。
生まれ故郷の町で入ったバーでは、クアーズがなくて、じゃバドワイザーに。

その生まれ故郷の町で、父がどんなふうに生きてきたか、今まで息子に見えていなかったことが見えてくる。
町では素直に喜んでくれる人もあるが、親族やら昔の仕事仲間やら、大金を手に入れた老人にたかろうとする人も次々に現われる。
そんな人が、100万ドルの元はいかがわしいDMにすぎないことがわかると、老人を笑いものにする。
それでも老人はリンカーンに行く。
DMの発送者は、一応パソコンを操作して、「当選していません」と告げる。

100万ドルの昂揚どころではない。
老人はおろかな勘違いをしていて、バカにしていた妻や親族や昔の仲間が正しかった。
老人が-そして映画を見る観客も-どうしようもなくおちこみそうな、こんなひどい状況から立ち直るてだてはなさそう、というところで、老人の息子が(あるいは映画が)さらっと手際よいすくいのてだてを用意する。
こんな状況だから100万ドルがあたるほどの大歓喜があるわけではないが、いたんだ沈んだ気持ちを回復させるにはじゅうぶんに、みごとにおさめる。

ラストシーンでは、老人と息子が乗った車が家に帰っていく。
広い平原を貫く道には、いくつかのゆるい起伏がある。
空には夕日と、夕日を受けて複雑に光と影をおびた雲がある。
車は起伏の道を向こうに走って、小さく小さくなっていく。
父はこの先もう長くは生きないだろうが、この旅のあとは悪くない気分の日々だろう。

『ネブラスカ』新宿武蔵野館エレベーター
* 『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』2013 (2014年3月に新宿武蔵野館で見た。)
* 『銀の街から』 沢木耕太郎 朝日新聞 2014.02.28