3 映画『スイート・スイート・ビレッジ』-移動なんかしないでビールを飲んでる幸福

のどかな映画で、でも退屈ではなく、ユーモアがちりばめられていて、ゆったり楽しめる。
1980年代、社会主義チェコスロバキアの小さな村の集団農場。
のどかの度が過ぎる青年オチクは、近所に住む運転手パヴェクの助手としてトラックに乗っているが、いくつも失敗を重ねる。
町には名士であり知識人のドクトルがいて、詩を口ずさみながら美しい風景に見とれて車を運転をして、しばしば自損事故を起す。でも「天使がついているので」おおごとにならずにすんでいる。
プラハの小権力者がオチクの家に目をつけて自分の別荘にしようと企て、オチクにプラハでの仕事と住居を用意して家から追いだそうとする。 オチクは誘いにのってプラハに出るが、都会暮らしはあわない。運転手が迎えに来てくれたのを見つけると、はずむようにして近づいていってトラックに乗り、村に戻る。
移動には、たとえ楽しい旅でも多かれ少なかれ緊張をともなう。
まして全生活を移転するのはたいへんなこと。
オチクは移動を拒否し、村の安穏を選ぶ。

運転手やドクトルや隣人たちが、一人暮らしがおぼつかないオチクを気づかっている。
かといってみんないい人ばかりでもなくて、オチクにいたずらする人もいる。
浮気する妻や、嫉妬深い夫もいて、そんな人々も含めて村の日々がつづいていく。

運転手とドクトルが晴れた昼にビールを飲むシーンがいい。
地下室の階段の7段目に置いて冷やすとおいしい、6段目だとぬるいし、8段目だと冷えすぎる。
やわらかい日差しのなかでその7段目のビールを飲みながらドクトルがいう。

 「いい日だ こういう時の気分を大切に覚えておいて 冬になって思いだすと それだけで心が暖まる」

『ストレイト・ストーリー』と『ネブラスカ』の老人が飲むビールには人生の苦みがあるが、運転手とドクトルのビールはさわやかそう。

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これを書いている今日(2020.6.21)は、たまたま夏至。
夏至の日には、これから日が短くなっていくという予感でわびしくなる。
逆に冬至の日は、やがて明るく暖かくなっていくという感じで、寒いながらもすくわれるような気分になる。
そんなことを数年前から感じるようになったが、同じ感想を歌人(で生物学者)の永田和宏が『もうすぐ夏至だ』に書いていた。 永田和宏の妻、歌人の河野裕子は、夫に先立って亡くなる。 生前、順調のように思えた乳癌が再発したあと夫が作った句。

 一日が過ぎれば一日減ってゆく 君との時間 もうすぐ夏至だ  永田和宏

永田夫妻の特殊事情にかかわらず、「君との時間」が減っていくのは誰にも同じで、「君」は河野裕子に限らず、夫から妻へとも限らない。 「もうすぐ夏至だ」は言葉の流れからすると唐突で、もっと若いころならとまどったかもしれないが、今は終わりに向かう感覚に共鳴して、すんなりうけとめる。
日が短い、寒い冬の日にそなえることはとても大事なこと。
今おいしくビールを飲んで覚えておこう。

*『スイート・スイート・ビレッジ』 監督イージー・メンツェル 1985
この映画は1992年にレンタルDVDで見たのだったと思う。 もう一度見てみたいと思ったが、TSUTAYAにもGEOにもない。 ネットで中古を探すといくつかでてきて、いちばん安いのを買って見た。今度もとてもよかった。
*『もうすぐ夏至だ』 永田和宏 白水社 2011