9 映画『真夜中のカーボーイ』-南の楽園にバスで行く

テキサスの青年ジョー(ジョン・ヴォイト)は、男っぽさで金持ちの女を誘惑して金を稼ごうと、カウボーイスタイルでニューヨークに出ていく。
万引きやスリで辛うじて暮らしていて、リッツォという本名をもじってラッツォ(ネズ公)とばかにされている男(ダスティン・ホフマン)と知り合う。
ジョーはうぬぼれているが、ニューヨークではカウボーイはむしろ滑稽で、金持ちの女に近づけない。安ホテルに泊まる金も尽きて、ラッツォから一緒に住むように誘われる。 行ってみれば、窓に×がつけられた、閉鎖されたアパートで、不法にもぐりこんでいる。 部屋に入ると、ドアに「FRORIDA」の観光ポスターが貼ってある。電気がとおっていなくて冷えるが、ラッツォは寒い冬がくるころにはフロリダへ行くという。
2人が外を歩いていて通りかかったビルの壁には航空会社のポスター。  
  Steak for everybody every lunch and dinner
  Northwest Yellowbirds to Florida
寒くてゆううつなニューヨークと比して、明るい南の楽園のイメージが繰り返される。

ボロボロのアパートで、ラッツォが屋台でくすねてきた野菜をつかってスープを作る。
ジョーは臭いといいかけて、うまいと食べる。
2人はあぶなっかしい出会いをしたのだったが、親しくなっていく。
悲惨な住居と、豊かな暮らしをする女達、あるいはフロリダの楽しい時間が対比されて、50年ほどあとの韓国映画『パラサイト』に先行する同じ構図をしている。

寒い冬が近づいているうえ、アパートの解体が迫っている。 ラッツォは、せきをして熱がでて、病状はかなり深刻なよう。 肺の病だろうか。 コロナウィルスが支配している時期に見るといっそう切実な感じで迫ってくる。
苦しむラッツォを心配したジョーが、たまたま声をかけてきた客から強引に金を奪い、2人でマイアミ行きのバスに乗る。

フロリダまで31時間、明日の11:30に着く。 移動をつづけるバスの外の景色が明るくなっていく。 でもラッツォは苦しそうで、はげしく汗をかいている。 空気があたたかくなってきているのと、病による発熱がまじっている。
向こうにGREAT Southern Hotelの文字が見える、マイアミに近づいた休憩地点で、ジョーが着替えを買って、ラッツォにも着させる。
「いいシャツだろ ヤシの木の柄だぞ」
ラッツォの汗がおさまり、表情がこざっぱりして、落ち着いてきた。
ジョーはマイアミで仕事をさがしてはたらくという。
窓の外にはずっと明るい海が見えている。
バスは希望に向かって走っていて、マイアミはもう近い。
でも最後尾の席でラッツォは眠るように往ってしまう。
現実に生きて着けないので、映画の半ばにフロリダで楽しく過ごす映像がはさみこんであった。

『真夜中のカーボーイ』は1969年の映画。
ダスティン・ホフマンは1967年の前作『卒業』で映画に初出演して認められた。
『卒業』では大学を卒業したばかりの青年ベンジャミンを演じた。 好きになった女性がほかの男と結婚しようとしている式場にのりこんで、女性の名を叫ぶ。 迷いがあった女性はベンジャミンの顔を見るとベンジャミンを選び、ウエディングドレスのまま会場を抜け出し、バスにとび乗る。
劇的な飛躍をしたのだが、こんなことをした若い2人にはこれからたくさんの困難があるはず。 最後列に座った2人の表情が、バスに乗りこむ高揚感がおさまってみれば、しだいにかげりをおびていくところで映画は終わる。
ダスティン・ホフマンの初期映画2本は、たまたまバスの最後尾で移動するところで終わっている。
移動は希望を感じさせてくれるが、実現するかどうか確かではない。