12 映画『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』-網走川河口での出会い

網走川河口 向こうに帽子岩
網走川の河口では、 砂浜から沖に向かって伸びている防波堤の先に、地球のこぶのようなものが見える。 帽子岩とよばれる安山岩の山で、高さ約40m、周囲は数百mというから、遠目には小突起のようだが、近づいたら大きなものだろう。
アイヌ民族が海獣猟に出る前、この岩に登って祈りを捧げて「チパ・シリ」(幣場(ぬさば)のある場所)といわれた。 これが網走の地名の由来の最有力説。
港から船が出て行く先に帽子岩が見えている。

渥美清主演の映画『男はつらいよ』には、毎回ことなるマドンナが登場したが、浅丘ルリ子だけが数回、流しの歌手リリーとして出演した。
初めての出会いは『寅次郎忘れな草』(1973)で、夜汽車の座席でリリーが涙を流しているのを寅次郎が目にとめる。
次の日かに、網走川にかかる橋で2人が行き会うのが、寅次郎とリリーの最初の会話だった。
橋の下におりて、川と、そこに出入する船を眺めながら、2人は夜汽車でのことを語る。
真っ暗ななかを走る汽車の窓の外に人家の灯りが見えた。 リリーは、こういうところにも人が住んでると思い、なんだか悲しくなって涙がでてしまったという。
それをきいて寅次郎は情景をもっと具体的に思い浮かべて語る。
  うん こんなちっちゃな灯りが遠くのほうへ  すっと遠ざかっていってなあ  
  あの灯りの下は茶の間かなあ  
  もう遅いから子どもたちは寝ちまって  
  とーちゃんとかーちゃんがふたありで  しけた煎餅でも食いながら
  紡績工場(こうば)に働きに行った娘のことを話してるんだい 心配して

寅次郎の、しゃべって人の気持ちをひきつけるテキ屋の資質と、やさしい心くばりとがあわさってでてきた名セリフだ。

リリーはあちこちの街をまわってクラブなどで歌っている。
寅次郎も縁日などでものを売るために全国を移動する。
似た境遇の2人はすっと気持ちが通じる。
ひとりの旅は寂しいものだが、とくに夕暮れ時は寂しさがます。
移動すると、とどまっていては得られない発見や出会いがあるかもしれない。 寅次郎とリリーが出会ったように。
このあと寅次郎とリリーは、寅次郎のふるさと葛飾柴又で再会し、懐かしい、楽しい時を過ごす。
でも移動する者どうしの出会いは定点に静止しない。
このあとも寅次郎とリリーは、-映画の公開年でいえば20年以上にもわたって-移動と出会いと別れを繰り返した。

網走川河口 向こうに帽子岩
網走川河口左岸の防波堤の外側は砂浜になっていて、こんな景色。
(1枚目の写真の左向こうになる)
映画ではこれとそっくりな風景があった。
遠くに帽子岩、中景の波打ち際にポツンと寅次郎、近景に大きく寅次郎がいつも持ち歩く黄色いカバンが配置されていた。
画面のなかで寅次郎の姿はたよりなく小さかった。

* 『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』 監督:山田洋次 出演:渥美清 倍賞千恵子 浅丘ルリ子ほか 1973
* →[網走川-帽子と監獄]