18 映画『アンフィニッシュ・ライフ』-檻から山へ、ベッドから空へ

老人2人がワイオミング州の牧場で暮らしている。母屋にいるアイナー(ロバート・レッドフォード)は息子が若くして死んだ後ずっと喪に服すかのよう。となりの小屋にいるミッチ(モーガン・フリーマン)は、けがで体が不自由で、天井から垂らしたひもをつかんで辛うじてベッドに起き上がる。アイナーが食事を運び、ときおり痛み止めのモルヒネを尻に注射するなど、世話している。ミッチの重いけがは、アイナーの仔牛が熊に襲われたところに行き当たって負ったのだった。そのときアイナーは泥酔していて動けなかったことを悔いている。

ミッチは動けない代償のように、ときたま自由に動ける夢を見る。
ミッチ :ゆうべ海の夢を見た  
アイナー:濡れたか?  
ミッチ :海の中を歩いた 恋してる気がしたよ


家を見おろす斜面、大きな木の根方に、自然石に文字を刻んだアイナーの息子の墓がある。
  GRIFFIN
  GILKYSON
  an
 unfinished
  life
 1971-1992

「an unfinished life」という墓碑銘に、十分に生きないうちに終わってしまった息子をいたむ父の無念の思いがこもっている。

恋人の暴力から逃れたジーン(ジェニファー・ロペス)が、11歳の娘グリフ(ベッカ・ガードナー)を連れて、義父のアイナーを訪ねてきた。かつてジーンが運転していた車が事故を起こして同乗していた息子が死んだために、アイナーはジーンを許せずにいる。
それでも孫がいたことを知って、1か月だけの約束で母娘の滞在を許す。ジーンはその間に仕事を見つけ、お金をためて出ていくつもりでいる。
グリフはトラックの修理を手伝ったり、牛や猫とふれたり、馬に乗ったり、牧場の生活に慣れていき、アイナーは息子によく似た孫がいとおしく思えてくる。

ミッチを襲った熊が現われるが、捕獲され、動物園の檻に入れられる。 不自由な体をおして動物園に行き熊を見たミッチは、意外なことに、自分を襲った熊を逃がしてやってくれとアイナーに頼む。 アイナーは苦い表情でききながら、それでもグリフとくんで夜の動物園に入り、熊を放す。 アイナーは食事を邪魔された熊が怒るのは当然と考え、またジーンを許せないアイナーに許すことを示そうともした。

アイナーとジーンが和解したあとの最終シーンは、小屋の外で並んで腰かけるアイナーとミッチ。
このときの言葉のかけあいと、カメラワークと、音楽が、とてもいい。
ミッチ :俺をグリフィンの隣に埋めてくれ
アイナー:まず死なないとな
ミッチ :いずれは死ぬ
アイナー:家族の墓だ 埋めるに決まってるだろ
アイナー:死者は俺たちを見てるかな 
ミッチ :見てると思うよ 俺たちの罪を許してくれる 生きてりゃ難しいがな
アイナー:飛ぶ夢を見たって?
ミッチ :高く飛んだよ 空の青が宇宙の闇に変わった 
 空からすべてが見わたせたよ
 "何事にも理由がある"と思わせる眺めだった


この世から去ろうとする魂が、上昇しながら牧場をとりまく緑の丘陵を見おろしているかのように、カメラの視点が上昇していく。大きな木の下のグリフィンの墓も目にとまる。フィドルの音がおだやかに懐かしそうに流れる。
熊は山に帰って自由に歩き、ミッチはベッドの束縛をはなれて空を飛ぶ。
映画のラストシーンのなかでもっとも美しいものの1つだと僕には思える。

『ストレイト・ストーリー』の兄弟も、『ネブラスカ』の父子も、『スイート・スイート・ビレッジ』の青年と運転手も、『男はつらいよ』の寅さんとさくらも、『水曜午後3時30分』のウヌとジェウォンも、『トッケビ』のトッケビとウンタクも、『チャンス商会』のチルソクとグンニムも、みんなきっとこんな晴れた穏やかな午後を迎えている。

* 『アンフィニッシュ・ライフ』 An Unfinished Life 2005
このときロバート・レッドフォードは68歳くらい、モーガン・フリーマンは67歳くらいだった。