筒石川-地下に駅

新潟県上越地方に、かつて能生(のう)町があったが、2005年に糸魚川市、青海町と新設合併して(新)糸魚川市となった。
旧・能生町の区域には、能生川と能生駅、筒石川と筒石駅と、2川2駅があり、今度の旅で両方を訪ねた。
(能生川と能生駅は→[能生川-サケとカニ、神社と灯台]

筒石駅
筒石駅:
筒石川の河口からおよそ1.3km(直線距離では1kmほど)さかのぼっていくと、日本海ひすいラインの筒石駅がある。
このあたりでは海に山が迫っていて、川に沿って山道を上がると、海抜約60mになる。
そこに建つ簡素な駅舎から地下へ40m下ったところに乗り場がある。
それというのも筒石駅は全長約11キロもある頸城トンネルの中にある。
トンネルを東、直江津駅方向に出るとすぐ、名立川の上に駅舎とホームがある名立駅。
トンネルを西、糸魚川駅方向に出るとすぐ能生(のう)駅になる。
じつに厳しいところを鉄道を走らせている。
駅舎の前は、車を数台とめられるほどの空き地がある。
駅は無人で、入場券180円を小さな箱に入れて、改札口を入る。

筒石駅
筒石駅の階段降り口:
改札口のすぐ先から始まる階段を降りていく。
エスカレーターやエレベーターはない。
空気がとてもしめっぽい。
300段近い階段を降りきるころには、湿気で先のほうがぼーっとかすんでいるほど。
SFかホラー系の映画のように、何かしら不気味なものででてきそう。

筒石駅
ホームへのドア:
トンネル内では、中央の線路をはさんで両側にプラットホームがある。 それで地下通路からはそれぞれのホームに向かう通路が別々にある。
僕は糸魚川方向へのホームに向かった。
列車が通過するときには、密な空間を、体積と重量のある物体が高速で貫いていくから、トンネル内には大きな風圧が生じる。 危険なので、ホームと通路とは頑丈な引き戸で遮断されている。
この扉も映画だったらこれから怖いことが起きそうな気配をまとっている。
ところが、扉に近づくと、のどかそうな話し声がチラホラ聞こえてきた。
扉を入ってみると、反対側のホームに電車が1両停車していた。
ちょうど観光用の特別車「雪月花」がとまっているところだった。
この駅で乗り降りするのではなく、珍しい地下駅ということで数分とか長めに停車していて、乗客達がひとときホームに降りて記念写真を撮ったりしている。
リゾート列車「雪月花」は、ここに来るまでに何度か大きな案内ポスターを見かけていた。 妙高高原駅と糸魚川駅を3時間ほど、ゆったり走って食事も楽しむらしい。

砂岩泥岩互層、筒石駅
砂岩泥岩互層:
湿っぽい長い階段を上がって地上の駅舎に戻る。
すぐわきを筒石川が流れているはずだが、谷は深く狭く、木々が覆っていて、水の流れは見えない。
対岸の岸壁、緑の木々のあいまに岩肌が見えて、斜めの地層がのぞいている。
砂岩泥岩互層という特徴のある地質で、このあたりはユネスコが認定する「世界ジオパーク」の一部になっている。

筒石川河口、旧鉄道跡
鉄道跡:
山道を下って筒石川の河口付近に戻る。
河口には小さな筒石漁港があり、筒石の集落がある。
山が海に迫って土地が狭いので、集落の住居は3階建てで作られ特異な景観になっている-ときいていたが、今、集落を歩いてみると、新しい家にも3階建てが多い。
集落の中を筒石川が流れる。
かつて鉄道は海岸線に沿って走っていた。 1963年に(旧)能生町で地すべりが発生し、7両編成の普通列車が崩壊区間に突っこむ事故が起きた。列車は日本海まで押し流されたが、列車に乗っていた約150名は全員が無事ではあった。
この事故を契機に鉄道を山寄りに移す工事が進められ、1969年に新線に切り替えられ、筒石駅も地下の新駅に移転した。
写真左、コンクリート壁に縦の溝がある構造が、右向こう、対岸にもある。 ここを鉄道が通っていた跡のようだ。

筒石川河口、国道8号
国道8号:
前の写真から、さらにわずかに河口に歩いたあたり。
国道8号の下を筒石川の細い流れがくぐっている。

筒石川河口
筒石川河口:
前の写真のさらに先、国道8号を横切って見おろした河口。
川は消波ブロックに守られて流れているふう。
消波ブロックが砂による閉塞を防いで、かろうじて川が海につながっているのかもしれない。

筒石川河口
筒石川河口付近の海岸:
河口のあたりを広く見渡す。
ここからは思い出話。
能生(のう)町出身の友人がいたが、30年ほど前に亡くなった。 友人が生きているうちには、ここまで来たことはなく、亡くなってはじめて、葬儀のために訪れた。 家は海より少し山を入ったところにあって、バスで行った。もう定かな記憶はないが、この写真の向こうに緑が堆積しているあたりだったろう。
葬儀がすんだあと、またバスに乗って海岸近くの終点で降りた。 あとは列車に乗って帰るのだが、列車が出るまでに短い時間きりなかった。 だめかもと思いながら、急いで山道を上がり、地下にあるホームへの長い階段を下ったが、やはり間に合わなかった。
友人は「能生町の人」と意識にあったから、そのとき急いで向かった駅は能生駅と思いこんでいた。
今度の河口めぐりの旅で、ひとつ隣の筒石駅だったと今さらわかった。
地下に乗り場がある駅ということから思い違いに気がついたが、2つの駅とも同じように地上にある駅だったら、誤って思いこんだままだったろう。
本数の多い路線ではないから、次の列車までは軽く1時間とか、かなりの間隔があったはず。
ホームまでとても急いだ思いは記憶にあるのだが、心づもりの列車に乗り遅れたあと、次の列車が来るまで、どうしていたのかは全く記憶がない。
地下ホームは暗くて湿っぽい。
階段を上がって戻っても、駅付近はポツポツ人家があるだけの山道で、時間を消化するのに手ごろなところはない。
時間をどう過ごしたものか、もう謎のままだ。

(2022.7)