10 映画『海燕ジョーの奇跡』-南へ船で国境をこえる

沖縄の小さなやくざ組織の若い組員ジョー(時任三郎)が、対立する大きな組の組長を拳銃で殺して、その組と警察から追われることとなる。 手引きする人があり、与那国島を経由して非正規ルートの船を乗り継いでフィリピンに上陸する。 そこでは所属していた組の組長と親しい男が、アブナイ仕事ながらうまく立ち回ってリッチな暮らしをしていて、ジョーはその下で働くようになり、フィリピン社会にとけこんでいく。
初めてこの映画を見たのは、もう四半世紀も前だが、南の海と島の風景、ジョーのキラキラした若い輝き、するすると国境を越えていく解放感など、今でも鮮やかな印象として残っている。
この映画では女性たちの肝のすわり方もみごとだった。 ジョーの殺人は、小さな組にとってはむしろ危険をます無謀なことだったのだが、小さな組の組長の愛人でクラブを経営する女(五月みどり)は、ジョーから電話を受けると、責めるのでもなく、気をつけて隠れているように言う。 ジョーの恋人の陽子(藤谷美和子)は、前から無茶しがちなジョーを心配していたが、とうとう飛び跳ねてしまったときは、やはり責めたりしないで、私が守る!と行動する。

ジョーは、もとは反体制の活動家、上勢頭(田中邦衛)の手引きで、漁船に乗ってひとまず陽子のオバアがいる与那国島に向かう。
その船が出る岸辺にウミツバメが舞っている。
ジョー:いいね こいつら どこでも海の上を生きていける
上勢頭:同じさ 今のジョーと
    国境や国籍なんて あってないようなもんさ そう思いこめ
陽子 :そうよ ジョー
上勢頭:(船が近づいてきたので)早くしろ!海燕ジョー!


与那国島には陽子の祖母がいる。 このオバアも悠然と構えたひとで、ジョーを迎えた座敷で、このあとのジョーのいき方についてこんなふうにいう。
オバア:なにもかも ひとよの夢でございます
   :西へ行けば台湾 南へ下ればフィリピン
    ゼニしだい 風しだい 心しだい すぐでございます
   :南へ行きなさるか 人はみな南から来たと申します
    地のはて、海のはてには 楽園もありましょう


海が見える高台の庭で洗濯したものを干しながらこんなこともいう。
オバア:台湾です あっちこっち台湾の船もでております
    どなんの船も 台湾の船も 入り混じって 仲ようやっております
    昔なら平気で港に入って 台湾の酒を飲んだり
    買い物したり したもんですが
    やまとぅ世の中になって ややこしくなりました
    くにざかいなど もともとあってはならないもんでございますよ
    *「どなん」与那国島の別称 「やまと」日本


ジョーはフィリピンでの暮らしになじみ、やがて沖縄から陽子が訪ねてくる。 でも穏やかな日は長くなくて、ジョーを取材しようとするルポライターが現われて影をおび、とうとう大きな組の者まで追ってきて無残な最期になる。
逃亡の途中の与那国島で、オバアが「地のはて、海のはてには 楽園もありましょう」と言って、明るい先が待つかのようだったが、暗く閉じてしまう。
『真夜中のカーボーイ』で、最後は死で終わるのに、途中で楽園のような南国風景が描かれたのと同じようだ。
(→[9 映画『真夜中のカーボーイ』-南の楽園にバスで行く])
与那国島は東京まで約2000キロ、台北まで約150キロ。 ジョーの悲劇は個人のものだが、今現実の世では与那国の船と台湾の船がのどかに行き交うどころか、むしろ最前線の緊張をおびてしまうこともある。
楽園に行き着くのはむずかしい。

与那国島へプロペラ機
ジョーは船で与那国島に渡ったのだが、僕は飛行機で行った。 石垣島からプロペラ機だった。

与那国島の海岸
島内をレンタカーでめぐっていると、ジョーの上陸地(を撮影した)らしい海岸があった。

与那国島 放牧
島の海岸線の道を走るのは爽快そのもの。
ほかに車が通ることが圧倒的に少ないので、のんびり走れる。
牧場の牛や馬が、道に出てきてゆったり歩いていたり、草を食べてたりする。

与那国島 『Dr.コトー診療所』
テレビ番組『Dr.コトー診療所』の撮影につかわれた建物がある。
映画『海燕ジョーの奇跡』は1984年。
『Dr.コトー診療所』の放送は2003,2004,2006年の3期で、ざっと20年ほどあとになる。 時任三郎が島の漁師役で出演していた。
映画『海燕ジョーの奇跡』では、あぶなっかしいジョーを心配した陽子が、与那国島で静かに暮らそうよと言っていたのだった。 そうしていたら『Dr.コトー』の漁師に重なる。 『Dr.コトー』の制作者は、『海燕ジョー』の映画を見たことがあって時任三郎を選んだのだろうか。

診療所の屋上からの浜の眺めは絶景で、去りがたい思いだった。

*『海燕ジョーの奇跡』佐木隆三 新潮社 1980
  『海燕ジョーの奇跡』監督:藤田敏八 主演:時任三郎 藤谷美和子 1984